Mitoro's page - Acecombat Fan Site -

Acecombat BBS / 小説
BACK

AceCombat -Zero- The Off Record Story- part:2

前スレッド No.125
13 アフロ庚 2006/08/06 Sun 00:04:55 akBF..iw7.W1Pp
 一スレッドの容量制限に達したので、続きスレッドにて再開いたします。
14 アフロ庚 2006/08/06 Sun 00:06:06 akBF..iw7.W1Pp
「ドミニクッ!お前…お前、何てことを!」
 僚機の一人が当然の反応を示したが、ドミニクは弁解を口にするつもりなど無かった。トリガーを引いた瞬間から引き返す道など消えてしまい、二度とそれは見つからないのだから。やれやれ……次はコイツなのか、と思いながら勤めて冷静に言い返した。
「黙れよ…てめぇもバラバラにされたくなかったら、さっさと言われた位置に移れ」
「何を言ってんだ!?これは基地でもモニターされてるんだぞ!こ、こんなことをして俺達が――」
「そうかい。なら記念に管制官からコピーでも貰っておきな。……二度も同じことを言わせるなよ」
 いつ状況のコントロールを失うかも判らない中、ドミニクは自分が悪役のように味方を脅している行為が信じられなかった。中でも自分が最後に言った台詞は、前にケーブルテレビで見た刑事ドラマに出てきた悪役とほぼ変わらないことが気に食わなかった。何故なら、その悪役は怒りに燃える主人公にボコボコに殴られた挙句、橋から蹴り落とされ、特急列車に撥ねられたからだった。
だが、この時ばかりは悪役の脅しが効いたのか、それとも自分達がやっと反撃に転じる空気が伝わったのか、すぐ命令されたように編隊が組みなおされた。
「攻撃は9時方向からだ。第1グループは方位240から、第2は方位310から挟撃するぞ」
 皆が同じように生き残りたかったのか、指示を出すドミニクに対しては誰からも文句は挟まれることなく、2つのグループに分かれた編隊は回頭しはじめた。間隔を置いて敵の攻撃地点と思われる場所に向かい始めてすぐに僚機から無線が入った。
「クソッ!レーダー照射を受けている!」
隊長機と自分が受けた攻撃ではレーダー照射からかなりの間隔が空いており、すぐには攻撃は受けないことから、ドミニクは僚機からの報告に適当に答えながら索敵レーダーの画面を睨んでいた。
「聞いてんのかよッ、スピア8!お前の指示通りやったのに敵の姿はまだ見えないわ、こっちは警告が出てるわで――」
「…黙ってろよ」
 自分に放たれたミサイルは9時方向からの来たのだから敵はその先にいるはず……。ドミニクが“黙らせた”人物は敵がどこにいるか判らないと嘆いていたが、戦場では敵に堂々と身をさらしてフェアプレイをする事などことなど稀で、不意打ちが常識となっている。それらの行為は“強襲”や“奇襲”という響きのいいものに置き換えられているが、その不意打ちを受けた場合、相手を探し出すのも自分達兵士の仕事の一つだった。
 だが、レーダーにはまだ何も反応が出ておらずドミニク自身も焦り始めていた時、ふいに反応が現れた。数十秒前までは何も無かったところに輝点が表示され、それは何かがいることを示していた。そして、今までの戦闘経験からこんな芸当ができる戦闘機はフー・ファイター以外に一つしか思い浮かばなかった…爆弾倉が開き、ステルス機能が消えたF-117ステルス爆撃機だった。
「見たけたぞ、真正面だ!」
「こっちにも反応が出た!本当にいやがったなんて…」
 次々と敵機発見の報告が上がる中、ドミニクだけは発見したことよりも別の事実に驚いていた。表示された敵との距離が約3000弱…つまり最初の攻撃で自分達は5000近い遠距離からの狙撃されたことになる。ベルカ空軍の持っているXLAAミサイルでもその最大射程距離は2000強となると、敵はとてつもない兵器を持ち出してきたことになる。
 一旦隠れている敵の痕跡を捕らえられれば、あとはそれを辿って叩くだけだったが、エアインテイクに網目を張ったり、レーダー波を反射させる特異な機体形状といった戦闘力よりも隠密性を最重要視した機体である為、敵は自分が見つかったことを悟ると、あっさり背を向けて引き上げ始めていた。いくら機体性能が上でもリードの差が余りにも大きく、追いつけないことから、結局は相手が去っていくのを眺めていくしかなかった。
 戦闘は生き延びたが、自分達の眼となるべきGCIの誘導がもう信用できないことから、ドミニクは本当に戦闘が終わったのかを確かめる為に部隊を周囲に展開させた。何度かのjudy偵察を行い、ようやく周辺空域の安全が確保されたことを確信できると、彼は部隊に帰還を告げた。
 1回の出撃で2回基地へ帰還するという奇妙な現象がおきていたが、2度目の帰還の間、生き残った仲間達の間には一度目と違って会話は無く、唯一交わされたのは着陸する前のお互いの位置確認だけだった。
15 アフロ庚 2006/08/06 Sun 00:09:25 akBF..iw7.W1Pp
 着陸、タキシングをし、定位置についたドミニクは何の感慨も浮かばなかった。ただ感じていたのは、生き残ったという感情と、戦いもせず逃げていくような連中に散々自分達がひっかき回された怒りだった。
 乾いた血の痕が残るキャノピーを開けると、そこには銃を構えたMPが待ち構えていた。戦争映画であるように戦闘を生き延びた仲間達が主人公と肩を抱き合って生還を祝い、何もかもが赦されて後はスタッフロールが流れる、なんて思ってもいなかった……相手の目に浮かんだ冷ややかな視線から、事の詳細が行き渡っているのが伝わっくる。
「ドミニク・ズボフ!機体から離れ、両手を頭の上で組め!」
 機体を挟んでいるMPの中で一番大柄な体格をした男が怒鳴った。無言でタラップを降り、ヘルメットを投げ捨てたドミンクは言われた通りに両手を掲げて大人しくしていたが、駆け寄ったMP達に乱暴に殴り倒され、後ろ手に手錠をされた。
 手錠を嵌められている際、取り押さえていた一人のMPがドミニクしか聞こえないよう耳元で「のこのこ戻ってくるなんてバカなヤツだぜ!ロト隊のエースみたいに歓迎されるとでも思ったのか?」と囁いた。
 ドミニク自身も自分が基地に戻ってこようと思った理由が判らなかった。いくら精神的に追い詰められたからといっても、こんな事態は容易に予想でき、戦闘後はまた傭兵生活に戻って他国にさっさと鞍替えすればよかったかもしれなかった。
 MPに髪を掴まれて起こされ、引きずられるように歩いている時に思い当たったのが、味方を置き去りにしては行けない、という自分の良心が上げた最後の悲鳴だったかもしれないと思った。これから先ずっと一線を踏み越えたツケを払い続ける前に、多少なりとも道徳的な事をしたことで自身がまだマシな人間だったと思いたかったのだと。
 MPに挟まれる形で押し込められ、ジープが滑走路から離れ始めた時、ついさっきまで一緒に飛んでいた仲間達の顔が見えたが、それがどういった感情を表しているか判らなかった。あの大混乱から生還し、再び命ある世界に戻れたことを喜んでいるのか、その大混乱から抜けるのに味方を殺した相手を非難しているのか、あるいはそれが仕方の無い事だった同情しているのか……。
16 アフロ庚 2006/08/06 Sun 22:27:46 akBF..iw7.jy5b
 基地施設内の端に位置する施設に到着後、自殺防止に靴紐とベルトを取り上げられたドミニクは独房に入れられた。外出許可中に酔っ払って市民を殴ったり、武器の横流しをして小遣いを稼ごうとしていた小物と一緒に上官殺しというケタ外れの行為を行ったドミニクは、自分の末路をどのようになるかを考え、1m×3mの独房に突っ込まれている間に、両親にだけは何があったのかを知らせよう思ったが、すぐにその考えを捨てた。
 どんな言葉や表現を用いて、あの戦闘を説明しようというのだろう、と。死地での孤軍奮闘、獅子奮迅の働きとでも言うのか――違っていた。基地のエンブレムにあった獅子のような誇りなどどこにも無く、ただ生き残りたいとうだけの意地汚いだけの行為だった。そしてその行為……2番機を撃墜したのと同時に、ドミニクの何かが一緒に墜ちていった。だが何を失ったのか、それが自分にとってどれほど尊いものだったか振り返るのが怖かった。

 日付が変わり、夜が明けても独房の中では特にすることのないドミニクは硬いベッドに寝そべりながらトリガーを引いた手をぼんやり眺めていた。とんでもない事をしたもんだと判っていたが、不思議なことに何とも思わなかった。
 何もすることが無い上に昨夜から一睡も出来ておらず、上層部の決断が自分に下されるまで寝ていようかと思っていた時、革靴がコンクリートの床にこつこつと立てる足音が廊下に響いてきた。腕時計も取り上げられており正確な時間が判らなかったが、腹の空き具合から朝食なのかと思っていたが、開口部から朝食が差し入れられる代わりにドアの前に立ったMPがロック解除を命令した。ドミニクは “その時”が来たと直感した。
17 アフロ庚 2006/08/06 Sun 22:32:21 akBF..iw7.jy5b
「ドミニク・ズボフ、さっさと出て私について来い」
「……俺は……どうなるんだ?」
 しばらく静寂が続いたあと、入り口に立っていたMPに向かってドミニクは呟いた。
「さあな?司令官がお前に話があるとしか聞いてない」
 もっと時間がかかるだろうと思っていたものの、よく考えてみれば軍幹部の息子を殺したのだ。誰かが声高に復讐の2文字を叫びまくったのか、あるいはその更に上に立つ誰かが戦勝気運下で起きた不祥事にさっさと蓋をして片付けたいのだろうと……ただ、譴責処分は免れないどころではなかった。自分の犯した行為がどのような結果を生むかは容易に想像できた。一つが不名誉除隊後に刑務所送りになるパターン、そして悪ければ目隠しをされ銃殺隊の前に立たされるパターンだった。伝統の長いベルカ空軍だけに、後者の方が選ばれる確立が高かった。
 独房から出てじっとしていたが、先を歩いていたMPはさっさとついて来いという視線で振り返った。
「手錠はしないのかよ?」
「私は今すぐお前を連れて来いとしか言われてない…まぁ、やってほしいなら構わないがな」
 そう言いながら腰にぶら下がっている鍵束を軽く叩き、じゃらじゃらと音を立てた。
「そうかい…」
 何も相手を喜ばせる行動に出る必要は無いことからドミニクは散歩にでも出かけるようにMPの後を歩き始めた。自分の運命を決する軍事法廷が待ち受けているわけではない…異常としか言い様のない速さでの呼び出しにもう銃殺されたも同然と考えていた。
 前を歩くMPの背中を眺めながら、我ながら随分と落ち着いているもんだとドミニクは思った。穴の開いた自分の死体から流れ出た血を拭くだけという、普通ならば焦燥に駆られたり、脚が震えて汗が吹き出るところなのだが、まるで厄介な問題が片付いた時のような精神の余裕があった。
 後にドミニクがその時の状況を自分で振り返って思ったのは、人間追い詰められて打つ手が完全に無い事を悟ると、恐怖が消えてその状況を楽しみ始めるのではという結論だった。あの時の自分の精神状態は、この間ケーブルテレビで見た「禅の境地」というヤツなのだろうか?あるいはビルから飛び降りた自殺者が、地面にぶつかる瞬間まで宙に浮いている状況を満喫してやろうという心境なのか、と。
 10分後、ドミニクは<ベルカ国防空軍第22防衛航空師団司令官室>と金プレートに黒刷文字で書かれたドアの前にいた。MPと一緒に入る前から、分厚いドアの向こうからは怒鳴り声が廊下に響いており、部屋に入ると片腕しかないやせ細った身体の男が入り口に背を向けたまま、持っていた受話器に怒鳴り散らしていた。巻き添えを食らいたくないのか、同行したMPはおざなりに敬礼すると、逃げるように部屋から退出していった。
 一人残されたドミニクはぐるりと室内を見渡すと来客用のソファ、壁には表彰状、勲章などが飾っており、中にはこの部屋の主がまだ敵の攻撃で左腕を失う前に取られたポーズを取っている現役時代の写真が何枚かあった。
 次いで来客用ソファに間にあるテーブルを見たが、何も無かった。ドミニクの経験上、司令室や本部に呼び出されるパターンはいくつかある。一番最高なのが紅茶とクッキーが出るもので、場合によっては基地に呼ばれたマスコミに上司と仲良く笑って握手している写真を撮られる。つまり学校でいい成績を取った子供が親に頭をなでられると同じこと。次が砂糖・ミルク無しの不味いコーヒーだけでクッキーは出ない形式…つまり命令に従えという軍特有のもの。残るのはクッキーも何も出ない会見で、これはヤバい立場にあることを暗示している。
「そんな話など私は聞いて――ちょっと待ってろ、奴が来た。すぐ掛けなおす」
 ブチキレているとか、激昂している等の憤怒の感情を表す表情は何度も見たことはあったが、義憤に満ちた表情とはこれを指すのだろうとドミニクは思った。親の仇を目の前にした表情の司令官にすぐにでも敬礼する構えでいたが、相手は電話を叩き切って間髪入れずに爆発した。
「こいつは一体どういうことなんだ!」
18 アフロ庚 2006/08/07 Mon 23:36:51 akBF..iw7.21hg
 もう怒鳴っているというより、ヒステリーを起こした女性が上げる金切り声で喚きながら掴んでいた書類を火でも点いているように振り回した。例の戦闘報告書か、「全部あいつが悪いんですよ」という僚機達の供述調書ではないかと思った――自分のキャリアを犠牲にしてでも部下を庇う頑固者の老司令官?現実など所詮この程度だと思いながらドミニクは軽く咳払いをし、人生最後となる弁明を始めた。
「その報告書の通りです。敵機……特殊な長距離ミサイルを搭載したステルス機の奇襲によって隊長機が落とされ、いち早く反撃態勢に移――」
 持っていた書類を叩きつけ、机を回って目と鼻の先に立った相手は透明な剣を突き刺すようにドミニクの胸を指でドスドスと小突いた。
「そういう政治家みたいな喋り方はやめろ!貴様は私をただの老いぼれとでも思ってるのか?味方殺しだぞ!通信センターにも記録が残っている。“いい加減黙れよ、この小判鮫が”だと?よくあんな真似ができるな!」
「ちょっと待って下さい!指揮を引き継ぐべき副隊長は混乱しており、自分の経験からあいつが…彼があの状況下で冷静な判断を下せるとは思え――」
 ドミニクは口ごもりながら言ったが、黙れアホとでも言うように相手は人差し指を立てた手を上げて鋭く遮った。
「自分の経験から、だと?」
 タバコのニコチンが原因であろう黄ばんだ歯をギチギチ食いしばりながら、ドミニクの発言を不気味に呟いた。こりゃヤバイ…間違ったカードを引いちまったぞと思った。
「随分と生意気な単語を使ってくれるじゃないか、えぇ?では……傭兵上がりのパイロットの豊富な“ご経験”によれば、パニックになった仲間は撃ち落してもOKというのか?落ちつかせるという選択肢は考えなかったのか!第一、“ちょっと待って下さい”だと?よくも抜け抜けと私に向かってちょっと待てなどと言えるな!何様のつもりだ、お前は!!」
 いちいち人の発言を遮るのは止めてほしいし、面子に拘って指揮系統を引っ掻き回した小判鮫はどうなのかと、やりかえす寸前でドミニクはその言葉をかろうじて飲み込んだ。言い返したかったが、それをするのは激しく燃えている炎をガソリンで消そうとするぐらい危険だった。そもそもパニックになった上官をなだめる訓練など聞いたことが無いし、傭兵時代の経験にすら無かった。命懸けの戦場でパニックを起こすなど兵士として破滅的な過ちであり、兵士は皆そういう失態を犯さないよう新兵訓練時に徹底的に叩き込まれ、学ぶのであった。ドミニクにしてみれば親のコネで無理やり買い上げた階級のツケを払ったようなものであり、一歩間違えれば自分もその負債を負うところだった。
19 アフロ庚 2006/08/07 Mon 23:38:07 akBF..iw7.21hg
 撃墜数や傭兵として生き延びてきた実力よりも、軍への忠誠心とか信念などといった事で階級を上ってきた気質の持ち主にどう弁解すべきか、頭の中で素早く選択肢を検討した。
「中佐殿、彼はベルカ空軍にとっても我が隊にとってもお荷物野郎でした。実力の無い者は去っていくべきだと思いませんか?」
う〜ん、ダメだ……正論には違いないが余りにも荒っぽいと思い、もっとオブラートな言い回しを多用すべきと考え直した。
「え〜、中佐殿、ちょいとばかり指揮系統上における意見の衝突があり、その過程において予期せぬ非常に不幸な事故が発生したのであります。えぇ、自分もまったくもって予見できぬ出来事に痛恨の極みであり、また隊長殿の死には胸が張り裂けそうであります。あぁ〜、ちなみに“小判鮫”の遺体は回収なさいましたか?きっとチビる暇も無かったと思うので、パンツは濡れてないと思うのですが」
 反論は幾らでも思いついたが、ドミニクは怯えた振りをしてさっさと終わりにしたかった。実際、相手がどのように自分を罵ろうがどうでもよかった。どうせ数十分後には目隠しをされ、銃殺隊の前に立たされるのだから。
 どうしたもんかと考えている間も、相手は部屋を歩き回りながら「上官への敬意」や「冷静な判断力と相互支援」「誇り高きベルカ空軍」という、ありがたい単語を交えながら口汚く怒鳴り散らしていた。ただ、相手を目で追いながら、その内に何かが違っているとドミニクは感じ始めた。上官殺しは許されないことだが、相手はそのことで怒っているのではなく、何か別のことに狼狽し、それに対して怒りを爆発させているようだった。
 ようやく怒りのガス抜きが終わったのか、取って返して机上に叩き付けた書類を乱暴に引っ掴むと、殴りつけるようにドミニクの胸に押し付けた。
「貴様が傭兵時代にどんなコネを作ったか知らんが、私は絶対に……いいか、絶対に許さんからな!この書類を持って、さっさと私の基地から出て行け!」
「出て…行け?あの、仰る意味がよく判らな――」
「何か言ったか!?」
「“くしゃみ”をしただけであります、中佐殿」
そう言って退出前に敬礼をしようとしたが、その行為が再び逆鱗に触れたのか相手は片腕とは思えない腕力でドミニクの襟を掴むと、廊下に突き飛ばした。そしてドアを閉める寸前、「私に見つからないよう、せいぜい日陰を歩くことを心がけるんだな!」とだけ言うと勢いよくドアを叩き閉めた。
20 アフロ庚 2006/08/07 Mon 23:39:32 akBF..iw7.21hg
 まったく予想すらしていなかった展開にドミニクは唖然としながら廊下に立っていた。自分は完全にコーナーに追い詰められていた……ガードもままならず、後はトドメのブローを繰り出せばそれで終わりだったはずが、相手は急に追撃を止め、立ち去ってしまった。何か他に企みがあるのかと、念の為に廊下を見渡してもMPや自分を逮捕しようする者の姿はいなかった。
 意識がようやく助かったかもしれないことを飲み込むと、次いで、何故そうなったのかの疑問を感じ始めた。答えは今、持っているグシャグシャになった数枚の書類だった。
 恐る恐る広げて読んでみると、そこには除隊の理由となる「精神的欠落」や「任務遂行における能力不全」などといった事とはかけ離れた事柄が書かれていた。――大尉への昇進、そして督戦という聞いたこともない任務をしている第13夜間戦闘航空団という部隊への即時配属命令だった。
 これだけでもインパクトのあるものだったが、詳細が書かれた2枚目は更にその上を行っていた。


3月27日20:22――ウスティオよりベルカ空域に侵入した敵航空機迎撃の為、HQより22方面空軍部隊に出撃要請(※出撃人員は別紙5項を参照)。同刻、2番機(副隊長)が機密情報を持ち出し、飛来した敵部隊への亡命を画策しているとの情報が情報総局より通達。

同日20:38――HQにて緊急ミーティング。盗まれた情報の機密レベルから当該機の撃墜命令を発令。

同日21:03――敵残存部隊の攻撃により部隊長が撃墜。一時的な混乱が発生するも、当該部隊所属のドミニク・ズボフ上級准尉(※軍歴は別紙第2項に記載)が命令を完遂。

同日21:17――情報伝達の不備により、帰投したドミニク・ズボフ上級准尉が拘束される。この誤認による逮捕は不当なものであり、直ちに基地の司令官に対して即時の釈放及び、当人への――


 機密情報?亡命行為?そんなことは少しも無く、疑問ばかりが浮かんだが、ふいに気づいた。誰かがあの夜の出来事を書き換えたのだと。だがドミニクにとってそんなことをして、誰がどんな得をするのか判らなかった。空軍の誰か、とは思ったが、それこそ真っ先に消える候補だった。自分が殺ったのは軍幹部の長男だ。なら政府関係者とも思ったが、自分にはそんな知り合いはいなし、そうする理由も判らなかった。
 ――やめた。藪を突っついたばかりに、せっかく手に入れた幸運を失うかもしれないし、今までの経験から詮索好きは寿命を縮めるという人生の教訓もある。誰だか判らないが、ここは素直に助けてくれた奴に感謝しておくだけにすべきだろうと思い、ヨレヨレの書類をきれいに折りたたむと、ドミニクは自分の荷物をまとめに兵舎に向かった。
 司令部の正面ドアを通り、まだ4月にも入っていない朝だというのに暑い日差しの下へ出たドミニクに、ふと疑問が浮かんだ――督戦というのは一体どんな任務なんだ?
21 アフロ庚 2006/08/07 Mon 23:41:54 akBF..iw7.21hg
「驚き…ましたね」
事実というものは蓋を開けてみると陳腐な場合が多いものだったが、男が話し終えた事実にブレットはただ、その一言しか思い浮かばなかった。今まで行えたオフレコのインタビューでも公開資料には載らない内容への驚きがあったが、今回のは特に驚かされる内容だった。
「皮肉なもんさ。生き残りたい一心で殺したというのに、今度はそれが任務になっちまったんだからな。まぁ……その誰かさんのお陰で今でも息をしてられる」
「その誰かというのは?」
 期待を込めた質問だったが、相手は少し芝居がかった仕草で肩をすくめながら、それを調べるのがお前さんの仕事だろと言った。謎の多いベルカ戦争の一端を紐解いたと思ったが、そこから別の謎……空軍へ圧力をかけられる者の存在が引き出されたことにブレットは、自分が求めているゴールが遠のいてしまったように感じられた。
「そんなシケた顔すんなって…“近いうちに”嫌でも分かるさ」
「はい?」
意味ありげに呟いた一言が興味を引いたが、その男は「何でも無いさ」と言い直しながら腕時計を見た。それは記者でなくとも分かる仕草だった――そろそろこのインタビューをお開きにするという合図だ。
「分かってると思うのが、片羽とあいつのこと以外は――」
「えぇ、オフレコってことですよね……では、最後に何か一言お願いできますか?」
インタビューの最後に必ず尋ねる質問をしたが、「ビデオの電源入れ忘れてるぜ」と逆に指摘されてしまい、ブレットはあわててカメラの録画スイッチを入れなおした。
「もう喋っていいか?あ〜……そうだな」
雨漏りでぼろぼろの天井を見ながらをしばし考えていたそのエースは、インタビューを締めくくるコメントを語り始めた。
「あいつは……まだ生きてるのか?まあ、悪い奴はなかなか死なせてくれないもんだ。本物の英雄はいつも先に死んでいく――」
22 アフロ庚 2006/08/08 Tue 23:16:53 akBF..iw7.zDsf
『……あったら伝えてくれ。よう、相棒。まだ生きてるか?――ありがとう、戦友 またな』
 室内に響いたカチッというテープが止まる機械音にブレットは、原稿の校正作業がいつの間にか廃ビルで行われたオフレコ・インタビューに思考が没頭していたことに気付いた。淀んだ空気の中でずっと作業をしていた為か頭痛がしており、午後の日差しを入れようしたが、手を伸ばしたカーテンの隙間からは弱々しい夕日が差し込んでいた。
 …またやってしまった、と思いながらこうして自分が没頭しているベルカ戦争の謎に迫るのとは別に、自分が片羽達の人物像にどれだけ近づいているかを考えた。まだ全然足りて無いことを感じながら、さきほど没頭していたインタビューに出てきた円卓に逃げ込んだエースはどうなったのだろうと思った。
 ドミニクはその人物を“ベルカ空軍きってのトップエース”と評していたことから経歴等を調べてみたが、終戦間際の混乱と核爆発の影響によってほとんどの記録が失われており、判明したのは名家の長男であることと、「凶鳥フッケバイン」という二つ名で呼ばれる凄腕パイロットという程度だった。
 そのエースはドミニクの部隊が片羽達と交戦している間に思惑通り円卓から脱出できたのか、あるいは命懸けの脱走行為は失敗に終わったのか……そもそも、その男がどんな理由から脱走を図ったのかまるで判らなかった。空軍トップエースという周りからの賞賛、大佐という高い地位、ベルカ有数の名家という肩書全てを捨ててまで、脱走を決意させた理由が何なのか知りたかった。だが、いくらインタビューを行いたいと願っても、ドミニクと違って生きているのかすら判らないのでは、どうしようも無かった。
 インタビューさえ出来れば諸々の疑問に答えを得られるかもしれないが、ブレットは生死不明な人物に考えを巡らすよりも、明日予定しているインタビューの準備をしなければならないことを思い出した。その人物もエースとして飛んでいたが、ベルカ戦争後に起きた軍事蜂起の主犯格とされ、刑務所でのインタビュー許可ひとつ取るのに何十人にも電話し、申請書を何枚も書かされた末にやっと面会許可を得た。
23 アフロ庚 2006/08/08 Tue 23:17:40 akBF..iw7.zDsf
 面会時間内にどれだけ片羽達に迫れるかが問題だったが、2週間ほど前に行えたインタビューでは聞きそびれたオフレコの事を服役しているエースに聞いてみるのはどうかと思った。空軍へ圧力をかけられる謎の存在……もしかしたら予想すらしていない話が聞けるかもしれないが、膨らんだ好奇心は“自分と片羽以外はオフレコ”という、あのエースと取り交わしがあった。事実は知りたかった…それこそ喉から手が出るほど真実を欲していたものの、モラルの欠けたインタビューや、野心とスクープ欲しさに子供を殺された両親に向かって「今、どんなお気持ちですか?」といった貪婪な質問を行うことがひどく躊躇われた。
 気持ちを切り替えて2度目のインタビューで使う質問をまとめたかったが、徹夜続きで脳が発している眠りの疲労感には勝てず、ブレットは数箇所しかチェックできなかったデータを保存し終えると、よろよろとソファに倒れ込んだ。そして数秒を置いて資料が散乱している室内に寝息が聞こえてきた。
24 アフロ庚 2006/08/08 Tue 23:20:47 akBF..iw7.zDsf
1995年3月30日-夕刻-
ベルカ公国南部

「やれやれ……これだから頑固な小物は困る」
 そう言いながら高価なビジネススーツを着た初老の男は携帯電話を切った。
「物凄い怒鳴り声でしたね、離れているこちらにも聞こえてきましたよ。しかし…結局は条件を飲んだのでしょう?」
 初老の男の向かいにいた男性が苦笑しながら応じた。
「あぁ、私の出した条件に20機も上乗せしてきたがな。口では何と言おうとも所詮はこの程度の連中さ」
「あの……なぜ彼の助命に手を貸したの聞いてもいいですか?彼はあなたにとって特に知り合いというワケでも無いのに」
「質問を質問で返すようだが……君は何が理由だと思うかね?」
「そうですね…ウスティオの連中に試させた改良版AiM-54の特徴を把握した冷静さ、攻撃側の位置や部隊の混乱に素早く対応できた指揮官として才能があるからでしょうか?」
「建前はな」
「……では、本音は?」
「彼がこの戦争を一日でも長引かせてくれるからさ。それに面白い男じゃないか、生き残るのに味方を殺すなんて」
 初老の男はこれ以上の面白い話があるのかというような表情で質問に答えたが、質問をした方にはまだ不十分だったようで、更に掘り下げてきた。
「軍部はすでにウスティオの大半を占領下に置いています…一日どころか、明日にはウスティオ政権そのものが終わる可能性が――」
「それは早計というヤツだ。これは来月半ばに正式発表される情報なんだが、ブライト・ヒルの連中は本腰を入れる気になったそうだ。足並みが揃い次第、ウスティオとで連合を組むらしい……自由と正義を守るの為だとかな」
「今のは連中の建前でしょうね。本音は……地下資源の採掘権で?」
 初老が漏らした内部情報に対して、今度は男の方が可笑しな冗談を聞いたような口調で答えた
「だろうな。あともう一つ……“片羽”がヴァレー空軍基地にいるそうだ」
「あのラリー・フォルクが?これはもしかしたら――」
「お前は…どうでもいい連中の近況が聞きたい為に私を呼び出したのか?」
25 アフロ庚 2006/08/08 Tue 23:21:00 akBF..iw7.zDsf
 男はもっと話を聞きたかったが、興味を失ったのか相手は突如論点を変えた。
「すいません、話が脱線してしまいましたね。お呼びしたのは情報総局にいる“友人”からなんですが……どうにもブフナー家の長男が我々のことを嗅ぎ回っているそうです」
「…何だと?」
「まだ何かを見つけたようではありませんが、ブフナー家の政治的影響力を考えると、この男は後で厄介な存在になる可能性が…」
「やれやれ……詮索好きが命を縮めるという事を知らんのかね、その男は」
「如何いたしますか?下手に人望や地位があるだけに、あの記者のように事故に遭ってもらうワケには――」
 途中まで言いかけて男は、まるで絨毯に漏らした駄犬を見るかのような相手の冷たい目つきに黙った。
「お前は少し喋り過ぎなんじゃないのかね?いくらここが安全と判っていても、どこで聞き耳を立てている輩がいるとも分からんのに」
「しかし、このままでは…まだV2の試作品やCoffinシステムすら完成していないというのに」
 男の反論は的を得ていた。“組織”の資金調達の中でも切り札となる次世代戦闘機のデータ採取が実戦下で行えるこの戦争で、自分達の行動に興味を持たれるのは不愉快な事態であった。また軍部の友人にでも貸しを作ることになるかと思ったが、初老の男はつい先ほど話に出ていた男の事を思い出した。
「いや…心配はいらんよ。ブフナー家のご長男には近い将来、ベルカ空軍を辞めて貰うことになっているのだ」
「そう…なんですか?」
 初老の男が何を考えているか不明だったが、 “組織”を急成長させ、祖国を本来の姿に戻す“覇権計画”のスケジュールを年単位で早めた手腕に、何か自分では思いもしない確実な方法を持っているのかもしれないと思った。
「報告は以上かね?」
「若干の補足事項がありますが、どれも数日中には片付きます。……この後、お時間がありましたら食事など如何でしょう?先週、ディンズマルクに旨いパスタを出す店を見つけたんですよ」
「行きたいのは山々なんだが……今夜はオーシアのヒルシャー国務長官と約束があってな、すまんね」
「早めに食べておいた方がいいですよ…組織の急進派が起こした戦争でこの国が焼き払われる前に」
「あぁ、君の見つけるレストランはどこも美味しいからな。何とか時間を作って行ってみるさ」
 こうして2人の男達は会合を終えると、何事も無かったかのようにそれぞれ待たせてあった車に乗り込み立ち去っていった。
 2人の男性がいた場所は、その国の中でも一番南に位置する地域だった。数ヵ月後、数名の政府高官による議論の末に隣国へと割譲されるのだが、男達を乗せた車が巻き上げた砂埃が納まると一枚の看板があった。風雨にさらされた表面は泥や錆で汚れ、細かい文字は掠れてていたが、中央に書かれた一文はまだ判別ができた。そこには


グランダーI.G.社 本社ビル建設予定地
関係者以外の立ち入りを禁ず

とあった。
BACK