AceCombat -Zero- The Off Record Story-
No.123
- 1 アフロ庚 2006/07/29 Sat 14:41:21 akBF..iw7.TgHv
- 舞台を5からZeroに移し、第4弾の投稿を開始します。今回の主人公を書く基準となったのは、よく考えてみると余りにも異常な任務内容だったにも関わらず、何故彼がそれを拒否しなかったのかという疑問から書いてみました。何か第三者に弱みを握られていたのか、あるいは本当に狂っていたのか…。
そしても一点がAC0でのキーワードともなっている「生き残れ」という言葉。非常に響きがカッコよく、ゲーム中でもピクシーが何度か口にしていましたが、これがまったく違う状況下で使われていたらというイメージ(妄想?)で書いてみました。
前回の失敗作から今回は色々な工夫を凝らしてみましたが、楽しんでいただければ幸いです。(次スレからが本編です)
- 2 アフロ庚 2006/07/29 Sat 14:44:47 akBF..iw7.TgHv
- 『知ってるか?エースは3つに分けられる……強さを求める奴、プライドに生きる奴、戦況を読める奴、この3つだ。あいつは…そう、本当のエースだった――』
まだ時刻は正午前というのに、カーテンも窓も閉めっぱなしになっている一室に男性の声が静かに響いている。室内の様子を一言で表すなら台風が直撃したかのように散らかし放題であり、容量を遥かに超える書籍を突っ込まれた本棚、その上には何ヶ月分もの埃、床は足の踏み場も無い程のビデオテープ、ノート、新聞の切り抜き、CDディスク、戦史研究の資料等が散乱している。だが、その部屋の主であるブレット・トンプソンにとって取材で入手できた資料にどれほど部屋を占領されようとも、パソコンを置くデスクと仮眠を取るソファの場所さえあれば、他は全て資料の保管場所ということになっていた。
ベルカ戦争から10年が経ち、当時の政府関係者や軍部が作成した資料の一部が公開されたことで戦争の原因や流れを見直す気運が高まり、様々な研究本や評論が出版、放映されていた。俗にいう流行……だが、ブレットにとって巷の話題などどうでもよかった。オーシアの地方ローカル局の一記者として、そんなのは書きたい奴やどこぞの大手がやればいい事だと考えていた。ところが、彼の上司は逆の考えを持っており、世間の波に乗ろうと鼻息を荒くしており、そのタバコ臭い息を嗅がされたのは彼だった。
適当に世間受けしそうな内容にでもして、多少なりとも視聴率が稼げればうるさい上司も満足するだろうと思っていたが、その時は熱意が状況を劇的に変えるとは思ってもいなかった。ある夜、経費削減による超過勤務手当カットをボヤきながら公開資料や当時の新聞などを斜め読みしていると、どの資料にも共通して登場する単語があるのに気付いた。
――片羽の妖精
ブレットは軍事分野に明るいわけではないが、そのコールサインの有名さは知っていた。ある戦闘中、愛機F-15Cの右主翼をもぎ取られながらもベイルアウトせず、任務を完遂した上に帰還まで遂げた伝説的なエースだった。そしてその伝説に謎という要素が加わった彼の相棒――円卓の鬼神。ブレットが自分の中で何かが大きく変わったと気付いた時は、もっと取材を重ねてから視聴者に見せるべきだと局長に食って掛かっていた。
それからは取材の毎日だった。普通に入手できるものから、出所の怪しい資料まで読みふけり、またベルカ戦争を生き延びた兵士達、当時の戦火を耐えた住民にインタビューを試みた。中でも取材の原動力となっていた“片羽の妖精”と“円卓の鬼神”については重点的に取り組んだ。
最初、コネも何も無い状態でインタビューを行った者の殆どがマスコミへの不信感、あるいは冷やかしや無意味に過去を蒸し返しに来ただけと相手にされなかったが、“片羽”についてなら話してもいいと言う兵士が出てきた。そこから彼の交友が少しずつ広がっていき、無からの作業がついにベルカ戦争当時、実際に交戦したことのあるエース達へインタビューを行うに至った。
- 3 アフロ庚 2006/07/29 Sat 14:47:46 akBF..iw7.TgHv
- 空を降りて大学で教鞭を執っている者、上官への想いを持ちながらダンサーとして生計を立てている者、航空学校で自分の技術を次の世代へ伝えている者……様々なエースがいた。
誰もが個性的であり、またインタビューを通じて、世間で言われているような戦争を起こした憎き敵兵とはかけ離れた、逆に憧れるような高い信念を持って飛んでいたのが感じ取れた。地上を征く友軍兵士の為、一緒に隊を組む仲間の為、あるいは自身の誇りや愛国心の為に飛んだと言う者もいた。総合的にまとめるならば彼ら全員が自分以外の誰かの為に飛び、戦ったという利他的精神に富んでいるように思えたが――先日、ようやく所在が判明したあるエースはそれまでインタビューをしたのと違って利己的だった。
「っでよ、こうなったらこいつらだけでも叩いてやろうと思った。それが――オレの運の尽きってやつだ」
日時と場所等はすべてこちらの指示で、という条件で取材に応じたベルカ空軍の元パイロットは、とにかくよく喋る男だった。とりわけ彼の任務内容が余りにも特殊だった為か、話が脱線することが何度もあり、その都度ブレットはやんわりと軌道修正をし、ようやく当人と片羽達の話が終わりに差し掛かったのはインタビュー開始から2時間近くも後だった。
「なるほど……そして戦後はエスケープ・キラーだったエースが今度は追われる身になってしまった、ということですか」
「おいおい、傷つくな〜。俺だって好き好んで “あんなこと”やってたワケじゃないんだぜ」
そう言いながら、ちらりと三脚にセットされているカメラを見た。一見して見逃してしまいそうな小さな仕草だったが、ブレットは自分の職業経験からすぐに相手の言いたい事を理解した。これまでインタビューを行った中に多少違えど、同様の仕草をした者がおり、それが意味するのは自分がこれから話すことはオフレコであり、映像も音声もメモにも残らない、ということだった。
ノートをバッグに仕舞い、全ての機材を切ったことを頷いて伝えると、その男は近くにあった錆だらけのパイプ椅子に座り、誰の記録にも残らない話しを始めた。
「まぁ……いきなりだと流石にわかんね〜だろうと思うから、大サービスして最初からだ。俺が80年後半をユークの紛争地域で飛んでたのは知ってんだろ?まぁ、その活躍がベルカのお偉いさんの目に留まったのか――」
- 4 アフロ庚 2006/07/30 Sun 15:41:44 akBF..iw7.nVdr
- ドミニク・ズボフの日々は、どちらかと言えばベルカ国防空軍に入るまでは昇り調子だった。人生に特大の刺激を求めて戦闘機パイロットとなり、ユークトバニア空軍在籍中に勃発したチェメニ紛争ではクーデター鎮圧と戦況打開に大きな功績を残した。ただ、いつまでも紛争が続くわけでなく、オーシアと並ぶ大国としてユークトバニアが纏まり始めるとあっさりと除隊し、自分を有意義に使ってくれる戦場を求めるかのように傭兵として各国を渡り始めた。
ジトミル制空戦を生き延びた数少ないパイロットという評判は伊達でなく、傭兵という使い捨て戦力の扱いながらも、時には雇い主からボーナスが出る活躍をしたこともあった。ロムヌイ共和国、ヴァルカ王国と幾つかの空軍を転々とし、90年にセレス海を越えたところで破格の報酬を提示したベルカ国防空軍へと入隊する。
ベルカ国防空軍がどんなものか考えもしなかったが、空軍に対してのカビの生えた型通りの謡い文句はある。テレビの勧誘CM曰く、己の勇気とガッツを見せる場所。軍の勧誘パフレット曰く、国を守る盾となる究極の職業。あと戦争映画とかでは背中を預けられる戦友だったり、命令にうるさく嫌われ者の隊長が殉職した部下のロッカー前で静かに泣いていたり、頑固者の老司令官が実は主人公の命令違反を裏で庇っているといったユーモア溢れる人材がいると言っている。しかし実際は伝統が長いだけにそれまで経験したことの無いほどの規律・命令・階級などが飛び交う縦社会ということだった。
命令だらけの毎日、規則に次ぐ規則、生意気な態度をとるな、上官を敬え、外出許可は取り消しだ……うんざりするような月日だったが、戦争で無くとも約束どおりの給料が支払われることがドミニクを空軍に留まらせていた。しかし、ベルカ空軍に入ってから5年後、状況は一変する。88年に施行された連邦法改正の影響、拡大路線を採る隣国オーシアとの軋轢、経済恐慌による国内の不満などが高まった中でベルカは潤沢な地下資源を発掘したウスティオへの進攻を決定する。
戦争勃発に伴って、ドミニクは自分の古巣とも言える戦場の空へ戻ることになった。ただ、彼が配属されたのはベルカ国防空軍の中でも“留守番部隊”と揶揄されていた第22防衛航空師団――ウスティオと隣接する国境を監視し、侵入があれば迎撃する部隊だった。
- 5 アフロ庚 2006/07/30 Sun 15:43:40 akBF..iw7.nVdr
- 転属の手続きを済ませたドミニクは呆然としながら、建物の壁に掛けられた看板を眺めていた。獅子が騎士の盾を咥えたエンブレムの下に書かれた“ベルカ国防空軍第22防衛航空師団――祖国最後の盾”という一文…何度読み直して防衛という単語しかなかった。どこにも“攻撃”や“戦闘”といったオフェンスを匂わせる言葉は無く、噂の留守番部隊に入れられたことに憤りを感じていた。すぐ引き返し、基地の総務課に提出した転属手続きを取り戻そうかと考え始めていた時、誰かに肩を掴まれた。
「よう、ミスター・ズボフ!あんたがウチに来たっていう新人さんかい?」
いきなりの馴れ馴れしい態度に、ドミニクは歯軋りしながら振り返った。そこにいたのは、つい先日高校を出ましたと言わんばかりのクチャクチャとガムを噛んでいる若造だった。着ていたフライトスーツから声を掛けた人物が自分と同じ戦闘機乗りだと分かったが……何だか場違いな空気の持ち主だった。戦闘機乗りにしては染みひとつ無い余りにも糊の効いたフライトスーツ、脇に抱えられた妙ちくりんなロゴの入ったヘルメット、きっちり整髪料で調えられた髪型……第一印象で当人こそが新米だというのが感じ取れた。だが、最もドミニクを驚かせたのが彼の階級章だった。少尉……つまり自分よりも2つも上だったのだ。信じがたい怪奇現象に唖然とし、一気に落ち込んでいるのを相手は自分に緊張していると思ったのか、握手する為に手を差し出したが、それは香水石鹸の微かな香りがした。今日から血湧き肉踊る日々になるに違いないという期待があえなく萎んで行く。
「一緒に飛べて嬉しいぜ!まぁ、経験豊かなベテランから新米が学ぶことは多いから、何か聞きたいことが気軽に聞きな」
この空軍基地から本当に出て行きたくなったが、相手はドミニクが決意を行動に移す前に、まるで長年の親友のように肩にがっちり腕をまわすと「着任早々疲れてるとこで悪ぃんだが、俺の部下に紹介してやるぜ!」と言いながら兵舎の方へ強引に引っ張っていた。兵舎に向かう間もベラベラと何か自慢げに話していたが、もう相手の戯言は聞いておらず、ドミニクは内心で悪態をつきながら十字を切っていた。
後に別の隊員から聞いたところでは、彼はある軍幹部の息子で、幹部候補生として大人しくしていればいいのを“軍歴の箔付け”との理由で親のコネで無理やり空軍に入隊したと知った。これだけでも笑える冗談だったが、最もドミニクを笑わせたのは当人のTACネームだった。彼は自分のことを“シャーク”……つまりは鮫と言っていたのだが、空軍特有のブラックユーモアで、彼には“小判鮫”というニックネームが密かに仲間内では付けられていた。っというのも副隊長の地位にありながら、戦闘に入ると真っ先に最後方に陣取って仲間が落とし損ねた敵機ばかり相手にしていたからだった。
いくら何でもそこまで使えない奴を入れるはずが無いと信じたかったが、その日の初出撃で仲間の話しが事実だということを見させられた。その戦闘で手負いの相手2機撃墜した事を帰還後、鼻を高くして喋り回っていたからだった。手柄を自慢するのは理解できるが、実力のみの世界で生きて来たドミニクには、その態度に傲慢さが見え隠れしているのが感じられた。一人で盛り上がっている男を眺めていると、ウスティオでもオーシアの誰でもいいからコイツを2階級特進させてくれないかと思わずにいわれなかった。
- 6 アフロ庚 2006/07/31 Mon 22:26:07 akBF..iw7.zQrX
- 開戦からの2日間、他の部隊がウスティオやオーシア領内のあっちこっちで昼夜を問わずに戦果を上げる中、ドミニクの出撃回数は配属後の初出撃を含め、たったの5回で、その内の2回は誤報だった。戦争は始まっているのに戦えない、という状況を苦々しく思いながら誤報から帰投した後の悶々とした気分で沈んでいると、追い討ちを入れるようにインディゴ隊のエースがゲベート国境のモーデル制圧戦にてファト連邦の飛行隊を開戦わずか5分で9機叩き落としたというニュースを聞かされた。
戦闘機の操縦技術だろうと、人を殺す技術だろうと覚えた技能は磨き続けなければ価値を失っていくばかりだった――嫌でも耳に入るインディゴ隊の話を聞いていると、ドミニクは戦闘機に乗る兵士としての価値が急落していく感じがしてきた。
他の隊員達が戦果のニュースを論議しているのを聞かされていたとき、出撃中に郵送物が届けられたと事務官から知らされた。差出人はベルカに移ってからドミニクが付き合い始めた女性からで、それまで付き合った中では最長となる3年の仲だった。
憂鬱な時間を過ごしていたドミニクは内容を確認しないまま娯楽室にとって返し、仲間達の前で意気揚々と手紙を読み始めたが、それは彼が思っていたものとは違う事が書かれていた。
基地の仲間内ではその類の手紙にある名称をつけていた。「Dear John Letter」――つまりはお別れの手紙である。その手紙で、ドミニクの彼女は自分の要求が極めて正しい事であり、また自分達は色恋沙汰で一喜一憂のバカ騒ぎをしているニキビ面の子供とは違って、分別と冷静さを持ち合わせた大人として、理性と節度ある対応が当然であると書いてきた。そして一緒に送られてきたダンボール2箱には、過去何ヶ月にも渡ってドミニクが給料を割いて送っていた贈り物が全て乱雑に放り込まれていた。
女性に振られるのはこれが初めてでないし、兵士と付き合う女性がこういう行動に出る心情をドミニクは多少なりとも理解しているつもりだった。出撃の度に自宅前で車が止まり、そこから牧師と正装した上官がやってきて「奥さん、あなたの夫は名誉の戦死を遂げられました。彼は最後まで立派に軍人としての職務を全うし、戦友の為に……」などという戯言を聞かされるかもしれないという不安に耐えられないのだと。
だが事情はどうあれ、ドミニクは手紙を引きつった表情で読み終えた瞬間から基地内で家族や恋人と離れて戦う兵士が経験する不名誉の中で、更に数パーセントしかいない不名誉な一人となった。いつもなら仲間達に「彼女を民間野郎に撃墜されちまったな!」などと笑いのタネにされるものだが、さすがにここまで酷い一撃を放つ女性は今までいなかったようで、静まり返った娯楽室では誰もドミニクと目を合わそうとしなかった。
- 7 アフロ庚 2006/07/31 Mon 22:27:16 akBF..iw7.zQrX
- 手紙を受け取ってから11分後、国境沿いのレーダー基地から8機編成の敵機侵入が確認されたことにより、その日2度目のスクランブル発令、離陸したドミニク達は20分後には戦っていた。最悪の形で振られたことと、最低の形でそれを暴露ししまったショックから一気に憤怒の感情へシフトアップした彼は、隊長が基地の管制官に交戦開始を告げる前に先陣を切って飛び込んだ。怒りによる無茶苦茶な機動が敵を驚かせたのか、戦闘開始2分でウスティオ方面から飛来した敵機を2機撃墜した。
戦闘そのものはあっという間に片付いた。8機編成の大人数で侵入したにもかかわらず、敵部隊は僚機が撃墜されるや否や、反撃するそぶりも見せることなく撤退していった。3機目を撃墜したドミニクは、まだ5機残っていながらもアフターバナーを最大にして逃げ始めていく敵の行為に奇妙なものを感じがしていたが、多少の憂さ晴らしが出来たことにその感触はすぐに消えうせた。
GCI(地上要撃管制所)から敵機敗走と空域確保が報告され、犠牲を一人も出すことなく帰還となったが、怒りがまだ燻っていたドミニクはブツブツと愚痴をこぼし始めた。
「まったく信じられないぜ!4回だぞ!4回も俺のことを新しく付き合い始めた民間野郎と比べやがって!」
「あぁ、そして俺達は行きと帰りで5回もその話を聞かされている。そんな事よりお前こっちにもターゲットを寄越せよ!一人で戦争やってんじゃねーぞ」
怒り心頭なのはドミニクだけでなく、連続でスクランブルがあったにも関わらず活躍出来なかったのを僻んで、他が同情的にしている中で“小判鮫”だけは自分の問題こそ重大と言わんばかりに文句を言ってきた。適当な返事を返したものの、それがいたく気に入らなかったのか更に文句を言い始めた。
「なぁ…もう高尚な議論は止めようじゃないか。大体その女だけが全てじゃないだろ、ドミニク?世の中には若くて、可愛い女の子がいっぱいだ。どうせ来週には新しい相手との乱痴気騒ぎでも自慢し――」
険悪な会話はこれで終わりだと隊長が割って入ってきたが、それを遮るかのように無線の向こうからレーダー照射の警報音が鳴り響いた。
- 8 アフロ庚 2006/08/01 Tue 23:22:32 akBF..iw7.zQrX
- 「警報……さっきの連中戻ってきたのか!よ〜し、やってやるぜ!」
「落ち着けって。敵さんがどう来ようが俺達はいつも通りの手順で対応するだけだ」
興奮気味にまくしたてた“小判鮫”とそれをなだめる隊長の無線を聞いていたドミニクは、一度撤退した敵がこんなにも早く戻ってくるだろうかと違和感を感じながらも、手順通り目視、索敵レーダーで敵影を探した。だが、奇妙なことにレーダーはおろか、キャノピーから視認できる範囲には何も確認できなかった。僚機達から次々と接近する敵機がない報告が続く中、隊長の無線からは相変わらず警報音が聞こえ続けていた。
「こちらスピア・ヘッド、敵影は確認できないのにレーダー照射の警報が出ている…ピクチャーコール」
「こちらGCI。まだデータがアップロードされていない、待機せよ」
数秒が経過し、国境沿いに展開しているレーダー基地からデータが集まったのか、ようやく返答が来た。
「ピクチャークリアだ、スピア・ヘッド。当該空域での敵機は認められない」
「こちらヘッド、了解した。だがさっきから警報がずっと鳴りっぱなしなんだ……先ほど交戦した連中という可能性は?」
「撤退していったウスティオの侵犯機は索敵範囲外まで追跡していた。連中が戻っている可能性は無い。それよりも機器の故障かどうか――」
ふいに無線の向こうでレーダー照射を受けていることを示す警告音が、甲高いミサイル接近警報に切り替わった。
「…まさか……ブレイク!総員、回避行――」
機首を下げ、回避行動を取り始めた隊長が命令を言い終える前に、どこからか飛来したミサイルが横っ腹に突き刺さり、隊長機が爆発した。目の前で爆炎がパッと上がり、避ける暇など無かったドミンクはそこに突っ込んだ。まるで砂利道を車で走っている時のように飛び散った破片がバラバラと機体に当たるのが聞こえ、破壊された機体に激突しないことと、エンジンに破片が入らないことをドミニクは願った。
「おいッ!誰か隊長のパラシュートを確認できたか!?」
「緊急事態だ、GCI!攻撃を受けている、繰り返す――」
「スピア8、大丈夫か!?」
「何が“可能性は無い”だ!?管制塔の連中はちゃんと仕事してんのかよ!」
「こちらスピア5、索敵レーダーに反応無し…どーなってんだよ!?」
「…無事…あぁ、無事だ!エンジンの出力、油圧に飛行システム…異常は見られない。何とか飛べそうだ!」
何かが起きたのだった。だが、全員その“何か”が判らず、各々が勝手に無線に喋りまくっていた。
- 9 アフロ庚 2006/08/01 Tue 23:26:23 akBF..iw7.zQrX
- こんな状況にいつかは遭遇するかもしれない…落ち着きを最初に取り戻したドミニクは自分が危惧していた危険を何となく思い出していた。戦争を有利に進めているものの、ベルカは不意を突いた電撃戦と、各軍の錬度だけで戦況を賄っていた。司令部は急激に拡大しすぎた戦線へ対応するのに、優先度が低いとの理由で基地が所有していたawacsを前線部隊へ回してしまった。戦闘機にとってawacsは必要不可欠だが、この扱いにより隊はGCIの誘導で状況に対応しなければならなくなった。
強力な索敵・分析能力とほぼリアルタイムに情報を反映できるawacsと違って、地上のGCI経由では情報が反映されるまで多少の遅延が発生しており、突然レーダー上から味方機が消失した状況報告を求める管制官からの無線がようやく入っていた。
未だに肉眼で見える範囲に敵影が見られないことから、索敵レーダーで位置を割り出せないかとDED計器を操作していた時、風防ガラスに何か細長いものが付着しているのが見えた。ドミニクは自分も敵から攻撃を受けたのかと、思わず歯を食いしばって目を瞑った。一瞬、手紙を送り付けた人物のことが脳裏に浮かんだ。彼女は初めて出会った頃の優しい表情をしており、ドミニクはあいつが笑顔で良かったとぼんやり思った。
ミサイルが発する灼熱の炎に焼かれながら意識が途切れるのか?バラバラになった機体から放り出され、意識があるまま地面に叩き付けられるのか?自分がどんな形で殺されるのかと身を強張らせたが、夜空に投げ出されることも炎に焼かれることも無く、機は飛び続けていた。
勘違いをしたのかとドミニクが恐る恐る見上げてみると、何か――奇妙なものがあった。表面に幾つもの白い筋が浮かんだブヨブヨした物体が赤い液体をガラスに擦り付けながら、キャノピー上部を蛇のように這っていた。唖然としながら眺めていたそれは対気流の風に流されていき、ずるりと左側から地上に落下していった。
風防ガラスの外側にへばり付いていたものが隊長の一部、そして人間の器官でいうところの小腸だったことが分かった時、理由も無く笑い始めた。ドミニクは急に自分が笑い出した理由が分からなかったが、戦争映画でピンチに陥った主人公が口にする気の利いた悪態というのは沸点を超える恐怖の中ではそうそう簡単には出ないんだなと思った。
ゲタゲタと笑いながら、この状況を何とかしなければならない点と、敵がどのような攻撃をしかけているのかを考えていた時、誰かが叫んだ。
「ちくしょう、ちッきしょう!隊長がクソみたいに殺られちまったぞ!!」
- 10 アフロ庚 2006/08/02 Wed 23:53:26 akBF..iw7.zQrX
- いきなり無線から音割れしそうな程の大音量で響いた内容に、対応を考えていた思考が真っ白になった。例え戦闘中に仲間が目の前で殺されようと、まだ戦っている味方への心理的影響が最小限になるよう振舞うべきものを、この“誰か”は回復不能な致命傷を受けたかのように大声で吠え始めた。
「ヤバいぞ…くそ、くそッ!くそッッ!!ど、どうすりゃぁ…くそッ!」
陸・海・空どこの所属のだろうと、兵士は自分が恐怖を感じていることを隠す。それは後で臆病者と後ろ指を指されることでなく、一緒に戦っている味方が“こいつは俺の足を引っ張るかもしれない”という不安を生むからだった。不安はすぐに恐怖へ変色する。ミサイルほど早くは無いが、その感情は確実に兵士達を死地に追い詰める。
「バカ野郎!ガタガタ言ってないで、さっさと指揮を継いで反撃態勢を整えろッ、スピア2!」
あまりに間の抜けた台詞にとっさに怒鳴ってしまったドミニクは、クソッタレと思いながら先ほど笑っていた時のように慌てて無線の送信を切ったが、後の祭りだった。戦場に立つ者として頭に血が上って怒鳴り返すなど最低だと思ったが、相手の返答は信じがたいものだった。
「て、敵がどこにいるのかも判らないんだぞ、反撃なんて出来るわけ無ぇだろッ!それよりもここは一旦引いて…そ、その…それで……基地に支援を求めよう!」
隊長機が落された今、副隊長である2番機が指揮を引き継がなければならないのに、その当人は突然の事態に頭がおかしくなったのか、ドミニクにとって何か……ワケの判らないことを言っていた。今まさに殺されそうになっている状況下で、間に合わない支援など求めてどうするのだと。だが、当人はドミニクの心配を他所に早口で支援要請をまくし立てた。
「こちらスピア2、増援要請!グリッドは67G-3SS-L22DF…ち、違う…あ〜L22DKだ!し、至急応援を寄こしてくれ!」
「スピア2、こちらGCI。もう一度座標を復唱してくれ、早すぎて聞き取れない!」
「て……てめぇら何聞いてんだッ!この役立たずが、さっさと支援を寄こせ!」
復唱してくれという一言でついに“小判鮫”の緊張の糸がキレてしまったのか、手順も何もかも無視して子供のように喚きはじめた。
「待っくれGCI!今の命令はキャンセル、取り消しだ!まだ脅威レベルが把握できてない!」
クールに事に当たれ、もっと酷い状況を味わったこともあるだろ?と自分に言い聞かせながらドミニクは無線に割り込んだ。
支援が必要なのはドミニクも承知の事だったが、それをするには不確定要素が多すぎていた。敵の規模はどの程度なのか、残りの兵力で対応可能なのかなど、支援を要請するにしても手順というものがあり、そう簡単に増援要請などは出来なかった。
先遣隊の自分達とは別に基地にはバックアップ・チームも確かに控えているが、それは現場で交戦している指揮官が敵との兵力差が埋められないと判断した時や、ピケット・ラインが撃破された場合などであり、状況を読み間違えれば手薄に基地が襲われる危険性もあった。基地が破壊されれば自分達は帰る場所を失うことを意味する。
ドミニクは長年の傭兵生活から得た経験と分析力で、主導権を取り戻そうとしていたが、相手はその発言を反抗と受け取っていた。
「何で取り消すんだ!俺達は今すぐ支援が必要なんだぞ、勝手な真似するな!」
肝を冷やす経験なら何度となく味わってきた。空中給油の際、機長のヘマで給油ノズルにぶつかりそうになったが、エアポケットに入ったのだろうとドミニクは腹を立てなかった。敵機にロックオンされた時は悪態をつくだけだったし、敵の機関砲に被弾して異常を知らせる多種多様の警告音が大音量で鳴り響いた時も冷静さを失わなかった。だが、正体不明の攻撃で隊長が撃墜され、指揮を執るべき人間が味方全員にパニックという疫病を撒き散らしている状況に得体の知れない恐怖を感じはじめていた……ドミニクはもう笑ってなどいなかった。
- 11 アフロ庚 2006/08/02 Wed 23:57:18 akBF..iw7.zQrX
- 「もういい、俺が指揮を執る!2番から4番で第1グループ、5、6番と俺で編隊を組みなおせ!散開後に俺の指示で第1グループは――」
「ドミニク!新入りの分際でなに指揮ってんだ!上官は俺だぞ!」
崩れた編隊を整え直そうとした時、無線に割り込んできた“小判鮫”の怒声に今度こそ本当に心が凍りついた。満足に頭が回らず隊の指揮も執れないのに、面子に拘ろうとする態度が信じられなかった。
恐怖の計算方法は乗算であり、加算で無い点が“ミソ”だった。何かで一弾み付けば加速度的に増えて行く……ドミニクは自分だけでなく、恐怖がザワザワと音を立てながら部隊内に広がり始めているのが感じられた。
「全員、今の命令は無視しろ!ま、まずはここは一旦引くんだ!それから態勢を立て直して……ともかく、早くここから離れるんだ!」
「スピア2、まだ攻撃された方向すら把握できてない!パッシブロックオンから部隊の――」
「おい!?俺の命令が聞こえなかったのか?引っ込んでろよ!」
間抜けのように「逃げよう、逃げよう」と言っている相手にドミニクは驚く程の怒りを感じ、急に何もかもが呪わしくなってきた。腕の立つ敵エースに落されるのは判る。着陸に失敗して激突死するのも理解できる。何の前触れも無くエンジンが停止するのも運が無かったと納得できる。だが、無能な上官のせいであの世に突き落とされるのだけは許せなかった。
ドミニクにとってこの攻撃が偶然でないのは明白だった。先ほどの敵機の奇妙な行動から、周到な待ち伏せだと感じ始めていたが、指揮を引き継いだ人物は敵の位置や数が分からないのに、闇雲に逃げよう主張していた。脅威が把握できてないのに“小判鮫”に従って、間違った方角に飛んで、そこに当の敵が潜んでいた場合、一人残らず八つ裂きにされてしまう危険があった。
状況に形容詞を付けられるなら、それは“最悪”から“絶望的”に変わっっていた。見えない敵からの攻撃と指揮系統がいきなり2つに分かれたことによって、部隊そのものの対応力が低下し、他の僚機達も何をし、どちらを優先すればいいのか分からず文字通り飛んでいる的となっていた。
無能な男がうるさく喚いている声と、何とか状況を飲み込ませようとしている僚機達の無線が飛び交っている時、ドミニクのHUDにミサイル警告が表示されると共に警報音が鳴り始めた。警告音と無線からの喚き声が交錯する中、8年前、“血の洗礼”とも言われたジトミル制空戦でも感じなかったある感情がドミニクの中で浮かんだ。彼は――
生き残りたい
と思った。
- 12 アフロ庚 2006/08/06 Sun 00:02:40 akBF..iw7.W1Pp
- 空軍パイロットをやっている自分がいつか空の果てで死ぬだろうとは前から覚悟はしていた。そういう仕事であり、軍人・民間問わずパイロットなら誰しもが受け入れている事実だったが、死神の冷たい手がギリギリと喉に食い込んできた時、心の底から生き残りたいと思った。どんなに惨めだろうと、どう非難されようが、こんなクソみたいな状況からは1秒でも早く抜け出し、生き残りたいと切実に願った。その為には……もう戦闘続行の“障害”となったモノを取り除く以外なかった。味方同士の混乱がこれ以上肥大化し、団結しなければならない時に噛み付き合って倒れれば、姿の見えない捕食者に7人分のおいしい肉を与えてしまうことになる。
覚悟を決める僅かな間、ドミニクは空想の世界に逃げ込めればどんなにいいだろうかと感じた。いきなり無線から「待たせたな!」という頼もしい声と共にミサイルと弾丸の雨が降り注いで隠れていた敵を粉砕し、軽やかにビクトリー・ロールを決める味方が現れる。基地に帰還すれば先ほどのパニックが仲間達の間で数日間は笑いのネタにされる…そんな事があればいいなと考えたが……現実は冷酷であり、今はその現実を受け入れるしかなかった。
自暴自棄になった人間でも、最後の一線を越えるのを思い留まることがある。それはある意味においては人だけが持っている本能的な抑止力……“良心”や”自制心”というものだが、次の数秒間、ドミニクは自分が一線を越える事に対して、良心の呵責や躊躇などは一切感じなかった。ただ、生き残りたいとの想いが彼を最後まで突き動かした。
「いい加減に黙れよ、この小判鮫が」
ボソリとそれだけ言うとドミニクはIFFシステムを叩き切って、前を飛んでいた2番機に標準を合わせた。隊長機が落とされて編隊が崩れた際に隊の一番後ろに来たこと、パニックを起こした当人と直線状に位置する場所に移動したこと――まるで誰かがお膳立てしたようだった。
トリガーを引くと、いつも通り発射時の噴射で機体が僅かに揺れ、左2番レールから飛び出たミサイルは“障害”の後部に突っ込んだ。次いで信管が起動し、何もかもが炎と爆発に包まれた。爆発が起きる直前、相手が何か言っていたようだったが、バリバリッという破壊された無線の空電音でかき消され、それがドミニクの耳に届くことは無かった。ついさっきも見た光景……夜空に上がった歪な花火は、あっという間に後方へと流れていた。次いでフレアをバラ撒きながら、操縦桿が抜けろと言わんばかりに力任せに引き上げた。9時方向から白煙を吐き出しながら飛来したミサイルは落下していったフレアを追い、数秒をおいて爆発した。回避できた――だが、勝ち誇る気分も、達成感も無かった。ただ感じたのはまだ呼吸が出来て、生きているという例えようの無い安堵感だけだった。
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