AceCombat5 -Untold StoryU-
No.98
- 1 アフロ庚 2006/01/29 Sun 15:54:29
- お待たせしました、第2弾の投稿を開始します。今回の元ネタはゲーム中、数行の説明で終わってしまった為、“彼”に何があったのか色々と考え、出来上がった構成から前回以上に気合を入れて書いてみました…ただ、そのお陰で前作の4倍の長さになってしまいましたが…(汗。最後に、今回も演出上の理由から主人公の名前は本文を少し読んでからのお楽しみとなります。
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彼のコールサインから察するものがあるならば、それは“女運が悪い”ということだろう。15年前、本当に愛せる女性がいたものの戦争によってお互い違う道を歩まざるをえなくなった。その戦争が終わり、サンド島という辺境の島に配属されてからは昇進することもなく、毎年やってくるヒヨッ子どもを鍛える日々が続き、気付けば40歳を過ぎていた。そして数日前、追尾ミサイルの標的になった部下の代わりに被弾、撃墜こそ免れたものの愛機を失った上にオーシア軍捕虜第一号という不名誉な称号を授かった。だからこその夜、幸運の女神が素足をチラッと見せただけで自分から離れてしまうのではと懐疑的になっていた。
幸運の女神に期待出来ないのなら、物事は自分でどうにかするしかない――そう思いながら立てかけたマットレスの裏で、点火スイッチを手にオーシア軍捕虜第一号の男は、自分の計画に見落としがないかを入念に見直していた。急ごしらえの爆薬で壁に穴をあけられるのか?乾電池の電圧は起爆装置を作動させるのに十分なのか?フェンスまでの距離200mを五体満足で走破できるのか?梯子代わりとなる物の高さは本当に十分なのか?考えるほど不安要素ばかり湧いて出てくるが、中でも最大の不安要素は隣で自分と同じようにマットレスを持っている一人の学生だった。一瞬、こいつを殴り昏倒させ、脱走するのは自分だけにしようかという考えが首をもたげた。足手まといになるのは目に見えていたし、一人の方が後ろを気にせずに突っ走れる…が、その考えはすぐに消えた。正しいこととか、良心が痛むからでなく、空を隊長機として飛んでいる自分の誇りが許さなかったからだ。コイツはユークの兵士でなければ、15年前、戦火の奥に見え隠れしていた“あの連中”とも違う…自分と同じようにさっさとこの戦争を終わらせたいと考えている一人なのだと。そう思うと覚悟が据わった――コイツを守り、刑務所の外まで連れて行く、と。しかし……ユークに来てまで誰かのケツの面倒まで見なければならないってのは我ながら損な性格をしている――そう思いながら第108戦術戦闘飛行隊所属のジャック・バートレット大尉は点火スイッチを入れた。
- 2 アフロ庚 2006/01/29 Sun 15:56:19
- 2010年9月27日10:46――コールサイン:ハートブレイク1のジャック・バートレット大尉の搭乗機は“哨戒飛行中の事故”によりサンド島沖62キロ付近地点で墜落した。ただし、この時点では世界がまだ平和あったことから、記録が“敵船舶の攻撃により撃墜”と変更されるのは翌日からとなる。
同日11:37――海上を漂っていたジャックは1時間ほど前に自分達が追い回していた不審船に引き上げられると同時に数人がかりで押し倒され、後ろ手に拘束された。逃げ回っていた不審船が自分に舳先を向けた時にジャックは、こういう事態になるだろうと予期していた為さほど動揺は無かったが、流石にその先に不安を感じていた。
拘束後、膝立ちの姿勢にさせられたジャックは身体検査を受け、武器の類を所持していないことを検査された。フライトスーツ、ジャケットのポケット――無言でポケットに手を突っ込み、脇の下や背中、足首などを叩いている兵士とおぼしき人間3名を伏せ目で見ながら、間違いなくこいつらは訓練されている人間だとジャックは確信した。どこの国の連中か見当をつけようと服などを盗み見てみたものの、イニシアチブの類は一切なかった。
身体検査を始めてすぐ、眼鏡をかけた小太りの男が階段をドタドタと踏み鳴らしながら下の船倉から登ってきた。
後ろ手に拘束され、明らかな敵対行為をしていた人間4人と一緒に海のど真ん中にいたが、ジャックは一言も喋らず、目を床に伏せたままじっとしていた。心の中で祈りを唱えたり、泣き叫んで命乞いする無意味さを15年前の戦争で嫌という程思い知らされていた。死んでいった多くの仲間達が、こっちが何も出来ないというのに炎に包まれ、墜落しながら無線越しに助けを求めたり、悲鳴の合間に母親の名前を叫んだりするのを目の前で聞いてきたからだった。
ジャックは目の前に立った指揮官と思しき男が、自分にどのような判断を下すかを考えていたが、所属や氏名、階級などといった事柄を聞く代わりに、いきなり「よくも俺の偵察機を殺りやがったな!」というヒステリーな大声とともに眼鏡の男は殴りかかってきた。
膝立ちという姿勢だったので、右フックで殴られたジャックはあっさりバランスを崩し、床に倒れた。そこへ蹴りが腹に入り、ジャックは膝を引き上げて次の攻撃に備えて腹を守る姿勢にはいった。派手に倒れて咽たが、実際はほとんど痛くなかった。蹴られた本人にしてみれば音の2倍の速さで飛ぶ戦闘機を操り、普通の人なら失神する凄まじい重力加速度に耐える身体を鍛えている者への暴力の割には、余りにも気合が抜けていた。が、ここで映画のヒーローよろしく抵抗したり、反撃をすれば相手を更に怒らせることになる。
- 3 アフロ庚 2006/01/29 Sun 15:58:10
- 倒れたジャックは更にうめき声を上げて“すげぇな、あんたのパンチ効くぜ!”の演技をした――が、3発目は来なかった。兵士達が慌てて2人の間に入り、引き離したからだ。大人しく殴られたにも関わらず眼鏡の男は味方の兵士から離れた後も、怒鳴り声を上げて手近にあった書類を床に叩きつけ、ノートPCを殴って液晶画面を潰した。
眼鏡の男がノートPCを更にいじめようとした時、突然ザーッと電子音がし、壁に吊り下げられていた無線機から呼び出しがかかった。
「全ユニット、こちらエーギル6、各自状況を報告」
すでに逃げ出すという案は却下されていたので、ジャックは首を少し廻して周囲の情報を少しでも入手しようとした。
海上ということから無線のボリュームが大きく、ジャックにも内容が聞こえた。ニーズホッグ、ノルン、ヘイルダム、バラクーダ――4部隊3チームの計12ユニットが点呼を受け、それぞれの状況を手短に “エーギル6”のコールサインを持つ男に報告をあげている。
「バラクーダ3、状況報告」
そんな中、バラクーダ3…つまり自分を捕まえたチームの状況報告をするはずの男が何故か自分の番だというのに無線を持ったまま固まっている。
「バラクーダ3、そちらの状況を報告しろ」
無線からの再度の呼び出しに悪態をつきながら眼鏡の男ようやく応答した。
「こちらバラクーダ3、その…ハードウェアを失った…全てだ」
“ハードウェア”――恐らく偵察機のことなのだろうとジャックは考えた。そして案の定…ハードウェアを全て失ったという報告は無線の向こうにいる上官を絶句させたようで、しばらく間があった。
「10-9 バラクーダ3、ハードウェアを失ったとはどういうことだ?」
「その…回収前にサンド島のオーシア空軍に嗅ぎ付けられて…それで…」
尻すぼみの報告が終わってきっかり5秒の間が開くと、落胆した声で返答があった。
「10-4 バラクーダ3」
早いところ自分の失態から話題を反らしたいようで、交信は眼鏡の男の方から再開された。
「6、その…肝心な作戦の方は?」
再び間があった後、返答がきた。
「第一波の作戦は失敗だ。幾つかの地域でターゲットを逃した上、セント・ヒューレットではケストレルをやりそこない、出撃機もオーシアの連中にほとんど落された」
幾つかの地域、ケストレル、出撃機…ジャックの頭の中で3つの単語から一つの答がすぐに出た。こいつら誰だか知らないがオーシアに対して戦争を始めやがったんだ、と。そして全てに納得がいった。ここ数日の国籍不明機の領空侵犯騒ぎ、いつまで経っても到着しない戦地捜索救助部隊…恐らくオーシア国内で複数の軍事拠点が奇襲を受け、自分の救助どころではなくなったのだろうと。
- 4 アフロ庚 2006/01/29 Sun 15:59:56
- ただし悪いことばかりで無く、相手の発言から思いがけない反撃にあったことも判った。中でもセント・ヒューレット軍港では空母ケストレルに配備されている206戦術戦闘飛行隊が自分達の船を守ろうと死に物狂いで頑張ったのだろう。自分の墜落現場から急にブービーやナガセ達が飛び去ったことから、こっちのヒヨッ子まで現場に引っ張り出されている可能性を考え、ジャックは部下達が206の足手まといになってないか心配になってきた。
無線からの思わぬ情報を聞いた眼鏡の男がおもむろに振り返り、また怒鳴った。
「そのクソ野郎を起こせ!」
兵士1と2の手が脇の下に回り、ジャックを引き起こした。とりあえずジャックはまだ演技を続けて、痛そうに唸った。
「6、こちらの偵察は失敗したが、オーシアの空軍パイロットを…」
「全ユニット、C2が事態収拾と第2波行動計画の為、10-19を指示。各自ハードウェアを回収後、ステーションへ至急帰投せよ」
C2…つまり作戦司令部は戦争を始めたが、思っていた以上の困難に当たった為、完全でなくても最新の情報が欲しくなったようだった。他の偵察隊が次々と帰投指示の受領通知を返していく中、赤点の言い訳をする小学生のように眼鏡の男が無線に食い下がった。
「6、こちらには――」
「バラクーダ3、受領通知をしろ」
「…その………バラクーダ3、10-4アウト」
一方的に無線が切られて暫くの沈黙の後、再び眼鏡の男が爆発した。床に落ちていたノートPCを踏みつけて液晶部分と本体をバラバラにして止めを刺すと、飲料水のボトルを船体に投げつけたり、折りたたみイスを蹴飛ばしたりした。ジャックは小学生どころか癇癪を起こした5歳の子供だ、と心の中で眼鏡男に対しての評価を訂正した。
オーシアに戦争を仕掛けるにあたって情報収集を命じられたものの、情報が手に入るどころか偵察機はことごとく壊され、本部の方でも満足な結果を出せなかったという散々な一日の八つ当たりを終え、それに呆れている部下が声をかけた。
「…こいつはどうします?」
「船倉に…いや待て、あそこにはまだ他の機器があるから……クソっ!そこら辺にでも繋いどけ!」
- 5 アフロ庚 2006/01/29 Sun 16:00:29
- 後部デッキの支柱に手錠で繋ぎ直されたジャックはもっと暗澹たる展開を覚悟していたが、それがかなり希望の持てるものとなった。戦争捕虜になったということは少なくとも国際法による身分の保証がある。捕まえた兵士の扱いに関して暴行したり、拷問することは国際条約で厳しく禁止されている…という点もあるのだが、そんな不祥事が僅かでも露見すれば、捕まえられた側にいる“不幸な誰かさん”がそれ以上の目に遭うからである。
船が動きはじめた時、遠くでヘリのローターが空気を叩く音が聞こえた。ジャックが水平線の方へ目をやると、SH-60シー・ホークが海上を旋回しているのが見えた。墜落した自分を探しに、ようやくオーシアのCSAR部隊が来たのだと気付き、一瞬こっちに来てほしいと思ったが、その考えはすぐにこっちに来るなというのに変わった。船にはまだ自分を撃ち落したミサイルがあるかもしれない…戦闘機ですら、避けられるかどうかのものをヘリに避けられるはずがない。
願いが通じたのか、ヘリと船の距離が開いていくのが分かりジャックは気持ちが沈んでいくのを感じたものの、せめてもの救いが自分を助けに来た味方がやられることは無いということだった。
- 6 アフロ庚 2006/01/29 Sun 18:19:25
- 28日(1日目) 13:00過ぎ?
とにかく時間があまっているので、同房のやつから紙と鉛筆を借りて、獄中日記なるものを書くことにした。日付は28日だが、この刑務所に入ったのは昨日の晩だ。
船で5時間、トラックに押し込められて3時間ぐらい揺らされ、この刑務所についた。通常ならばP.O.Wキャンプに突っ込まれるはずなのだが、どうやらバラクーダ3…つまり短気の眼鏡野郎が戦争捕虜を連れて来た事がよほど予定外だったのか、偵察船がついた港で男が誰かと言い争うのが聞こえた。“予定外”という、普通ならば嫌っている単語がこれほど頼もしく感じられるのは初めてだ。
刑務所に到着したあと、看守に引き渡されていくつかの鉄格子扉を通り、煉瓦の壁の長い廊下を歩かされたあと、事務室のような部屋に連れて来られた。
部屋には所長と思しき小男一名と、看守2名がいた。机の向こうに座っていた男は自分がこの刑務所の所長で、経緯などに説明をしてきた。移送に問題が生じたのでしばらくの間は身柄を預かる事、この刑務所が戦争捕虜用でなく逮捕された過激派用であるということ、問題を起こさなければ後日の移送まで国際法が遵守した扱いを保障すること…まるで保険のセールスマンのようなやりとりに失笑するのを堪えるが大変だった。説明をしている合間、こっちをチラチラ見る時の所長さんを見ていると、怯えの気配があるのが分かった。俺を凶悪な囚人で、飛び掛るチャンスを伺っているとでも思っているのだろうか?
大よその説明を終えても所長は下を向いたままで、刑務所のルールとやらをボソボソと説明し始めた。頼むからもっと大きな声で言ってくれと思う。何か間違って看守に怒られでもした場合、どうすればいいんだ?
「あ、あの…以上です。荷物を受け取った後は、看守が一緒に房まで案内しますので…」
ほとんど聞こえなかったが、とりあえずいい子にしていれば問題は起こらない…はずだろう。
- 7 アフロ庚 2006/01/29 Sun 18:19:57
- 所長室から出た後は、言われていたように看守から毛布、トイレットペーパー1ロール、タオル2枚を渡されて房まで連れて行かれた。長い廊下を歩いている間も情報を収集し続けるが、所長が言っていたような過激派をブチ込むトコとは違うような気がしてきた。所長室にあった時計ではまだ21:00過ぎだというのに、通り過ぎるどの房の中を見てもまるで寄宿舎のように囚人がベッドで寝ている。
1A-32…それが俺の入ることになる房で刑務所1階にあった。ガチャリと鍵がまわり、テレビでお馴染みの鉄格子が開く時の音がした。中に入ると、鉄格子が開く音で目覚めた同居人となる男が俺を見て…ベッドから落ちた。慌てて閉まり始めた鉄格子の向こうにいる看守に何で兵士がこんなトコにいるんだとか、こんなのは嫌だとか、人権がどうとかヌカしはじめる。この先どうなるか心配だというより、何だか憂鬱になってきた。看守は一言だけ同房となる男に「我慢しろ」とだけいうと、さっさと戻っていった。
振り向いた同居人は、マジで怯えていた。タバコは吸わないから持って無いとか、僕のものは気兼ね無く使ってくれとか…間違いなく映画の見すぎだ。こっちとしても問題は起こしたくないし、何よりも色々と聞きたいことがあり、何とか落ち着かせる。
男が落ち着きを取り戻してようやく話ができるようになった。まず分かったのが、ここがユークバニアだということ。そしてこの刑務所が過激派などではなく、その烙印を押された知識人や学生などを放り込むトコだということ。15年前の戦争以来、友好を深めてきたユークがなぜ戦争をしかけてきたのかまったく理由は不明だが、今は目の前の現状を理解することが大切だった。
更に詳しい話を聞くと1年ほど前から奇妙な法令が追加されたり、町外れの軍需工場がいつの間にか24時間体制のフル稼働していることが判明したらしい。しかし、不思議なことにメディアも誰もそのことについては触れることなく、数ヶ月前からは明らかに国内のいたるところで不穏な気配が漂いはじめたらしい。何か良くないことが起きている感じた男は“学生運動”とやらに加わったもののある晩、家に踏み込まれた警官隊に逮捕され、ここへ連れてこられたとのことだった。大方、ユークの政府官庁前で怒鳴りすぎたのだろう。
他にも幾つか質問があったが、男は明日も忙しいから寝かせて欲しいと言い、さっさとベッドに戻っていった。叩き起こしてもっと聞きたかったが、こういう閉鎖的な場所では何よりも関係を壊すことがトラブルの種となる。
- 8 アフロ庚 2006/01/29 Sun 18:21:02
- 機を落され、敵に捕まり刑務所にブチこまれるという信じがたい一日となったが、体が休眠をしきりに要求しており、こちらも大人しくベッドに入ろうとしたが、その前に新しい部屋の“内装”を確認した。入れられた房の壁は煉瓦で出来ており、部屋の隅には申し訳程度の衝立と、スチール製の小さな便器と洗面台。便器には蓋や取っ手が一切ついてない。一応窓もあるが、太い鉄格子が4本入れられており、窓ガラスは埃やら雨の水垢などで汚れている。その窓から外を見ると、中庭、監視塔と灰色の壁が見えた。断定は出来ないが塀の高さは5メートルほどで、その上には有刺鉄線が走っていた。
岩のように高いベッドで横になって眠ろうとした時、何だか聞き覚えのあるテレビのナレーションが廊下の奥からした。監視部屋のテレビから洩れている音で、少し記憶を手繰ってみて、それがサンド島の共用娯楽室で流れていたあのクソドラマだと思い出した。
毎週火曜日になると基地で放送されていたもので、戦闘機がジェットエンジンではなくプロペラで動いていた頃の戦争モノだ。内容は戦火の足音が迫る中、兄弟のように育った青年2人が空軍に入隊し、配属された基地の女性整備員に恋をする。その女性整備員は主人公に好意を寄せ、2人は婚約するところまでいくのだが、ついに戦争が勃発してどうとか…番組のナレーション曰く「戦争で引き裂かれた壮大な愛と友情の物語」ということらしい。
眠るほんの数秒ほど前、意識が刑務所からサンド島に戻っていた。5分見てクソ面白くないドラマと言ったが、ナガセのやつは女性整備員が気の毒だと言い、スヴェンソンは死亡フラグが立ったから主人公は注意すべきだと言い、おやじさんは、まぁ…ドラマだからなと言っていた。ついこの間のことのはずなのに何だか何年も前のように感じられる…。
- 9 アフロ庚 2006/01/31 Tue 20:01:53
- 29日05:00
うるさい館内放送で目覚める。どうやらここの朝はサンド島と同じように早い。昨晩は怯えていた同居人も平静を取り戻していたようで、疲れ気味にこれから朝の点呼があり、その後で朝食を食べられると説明した。
看守が脱走者の有無をチェックする為、自分の房の前で気を付けの姿勢で点呼を受ける間、目だけを動かし向かいの房の前に立っている収監者などを見る。疲れ切った表情のヤツばかりで、本当にこの刑務所が同居人の言っていた通りの場所なのだと確信する。
10分ぐらいし、「整列!進め!」の掛け声で食堂に向かい始める。列になって進んでいる周りでは、なんでフライトスーツを着たやつがこんなトコにいるんだとか、本当に戦争が始まったのかとザワザワと新しい“入居者”に対しての話が聞こえた。
食堂につくとラップをかぶせてあるプレートを順番に渡された。席について出された朝食をスプーンでつっついてみたが、贔屓目にみたって栄養満点には見えない。マッシュポテトと、何が材料だが分かったものでないハムをガツガツ食ってると、どういうワケか周りに人が集まってきて、記者会見みたいなことが始まった。
「あんたオーシアの人かい?」
「なぁ、外ではどうなってるんだ?」
「あんたみたいな兵士が何故ここにいるんだ?」
色んな質問が来るが、残念ながらこっちは戦争が始まる前に捕虜になったので、まともに答えられなかった。
20分後、短い朝食と会見が終わり、再び列を作って正門前へ移動させられる。周囲と上の監視塔からライフルを持った看守が見ている中、全員がシャベルやら鶴嘴を渡され、7台のトラックに分乗していく。房を出る前に同居人が何故コードまで着込んでいたのかが判った…これから皆さんと寒空の下、味方の為に塹壕とかの労働でもするのだろう。
憂鬱な気分でこっちの番が近づくのを待っていると、看守の一人が「おいアンタ!お前は違う!さっさと列から出ろ!」と言われ、自分が戦争捕虜だということを思い出した。
たぶん他の連中はこれから不愉快な“労働”に連れて行かれるのだろうが、戦争捕虜にそんなことをすれば国際法の抵触する恐れがある。この国では部外者どころか敵であるはずの自分が国際法で守られているのに、その国民であるはずの連中はまだ陽が出てない内から働かされている…ハッキリ言ってこの奇妙な不公平さには嫌気が差す。
- 10 アフロ庚 2006/01/31 Tue 20:06:55
- 10:20
房で作家の物真似をしていたら看守が外に出るか、シャワーを浴びるかの選択肢をくれる。自分が3日も出撃時のままであった事を思い出し、迷わずシャワーを選ぶ。
前後を看守に挟まれながらシャワー室に着くが…すぐ選択肢を間違えたことに気付く。狭い独房を突貫工事で改装したようでセメント壁の部屋にシャワーが3つ。お湯と水のバルブなんて気の利いた物は無く、あるのは押しボタンだけ。収監者が武器として使う危険性を無くす為だろうが、そのボタンを押すと出るのはぬるま湯だ。そのぬるま湯も20秒おきにボタンを押し直さないとすぐに止まってしまう。看守曰く、水道がまだ整備されてないとか。
部屋にぬるま湯を汲み入れている給水ポンプが室内にあり、うるさいエンジン音と排気ガスを吸いながらシャワーを浴びなければならない……スッキリするどころか、単に濡れに来ただけのようなもので、さっさと切り上げてムカつく気分で房に戻る。
17:00
同居人が“労働”から帰ってくる。2日目の終わりになって、ようやく同居人の名前を知る…アリョーシャとかいう変わった名前だ。運動とやらを一緒にやっていた仲間内からはそう呼ばれているとか。とりあえずこちらも自己紹介をと思ったが、相手は横になってわずか数秒で寝始めていた。
19:00
ここへ来て初めての夕食となるが、朝出たのと代わり映えがしない。飯時だというのに、囁き声が時々聞こえる以外、まるで通夜か鬱病患者のセラピー集会だ。
食事が終わり20:30の消灯を持って刑務所での一日のサイクルが終わる。外の状況が理解でき、次は自分の状況だが、これは一言でいい……刑務所に収監されている、以上。
単純明快な事実だが、これに夕食時の“記者会見”で情報通の男から聞かされた不安要素が絡んできた。そいつが別れ際に言っていた「あんた…数日後には移送されるんだってな」という台詞。所長がしばらくの間と言っていたが、それがいきなり数日に短縮された。
移送……今度こそ間違い無くP.O.Wキャンプへだろう。ここの刑務所がどの程度の警備レベルを敷いているか不明だが、明らかに緩い。外の監視塔にはライフルは持った看守がいるものの、どれも銃座はなかった。塀にしたってP.O.Wキャンプなら間隔を置いた2重の電流フェンスとその間に地雷が埋設されているが、ここはコンクリートの壁と、その上を走っている有刺鉄線のみだ。
看守の隙を見つける為、巡回やらを観察しいたらすぐ移送日を迎えてしまうだろう。警備がここの何倍も厳しいP.O.Wキャンプに入れられれば、間違いなく脱走の機会が消える。選択肢はどこにも無く、手元にあるのは“直線”だけだ…。
- 11 アフロ庚 2006/02/01 Wed 22:34:38
- 30日15:00
ここの刑務所も午前・午後それぞれに運動の時間がある。運動とは言っても刑務所の中庭で他の房の奴と雑談したり歩いたりするだけなのだが、その憩いの時間を楽しめるのは事故で怪我をしているか、過労で一時働けなくなった連中だ…他は外で穴を掘っている。
午前の休みを使って、これから話そうとしている相手が間違いなくこっちの欲しい物を持っていることを確認していた。時間的な猶予を考えれば、行動を起こせるのは今日の午後の時間しかない。
警戒されないよう相手にゆっくり近付きながら、お喋りチョッパーが共用娯楽室で遊んでいたゲームのことを思い出していた。どういうゲームか憶えてないが、あいつは遊びながら「サルゲッチュウ!」とか「ヨドバシの迷彩は使えねぇ〜」などとワケの分からない独り言をブツブツ言っていた。中でも一番奇妙なのが、銃を突きつけられた敵が腰を振ってアイテムを落していた点だ…敵はちゃんと装備品をしまえないのか?
そのゲームみたいに、これから話をする相手の持っているアイテムを脅して取れればどれほど楽だろうと思う……だが、暴力沙汰を起こせば間違いなく看守の注意を引くし、下手すれば独房行きだ。目標の横に腰を下ろし、何年も前からの友人のように話かけた。
「こんな場所に珍しいな…“そいつ”はあんたのかい?」
「いや、まさか。ただ単に私になついているだけさ」
最初の接触は成功、相手は特に警戒することなく話に乗ってきた。
「それにしてもどうやってそんな物を手に入れたんだ?よくテレビとかでやってるように看守に袖の下でも通したのか?」
「通す物なんか無いよ…ただ看守の一人がそこら中をトイレにされると困るので、懐いていた私に特別にくれたのさ」
「なるほど…その気持ち分かるよ。基地でも同じようなことがあったな…」
そう言いながら左手を伸ばしていくが、もう少しというところで標的の右手が一閃した。すぐ手を引っ込めたが、見事な3本の引っかき傷が出来ていた。
「おいおい、気をつけなって。結構人見知りする方で、ここまで仲良くなるのに何ヶ月もかかったんだ」
くそ、焦りすぎだ……もっとゆっくりやらないと、標的に攻撃されているように見えてしまう。
「あぁ、よく分かるよ。今年基地に配属された奴が連れてたのも、来た頃は夜中吠えてうるさいわ、人のベッドで寝るわで大変だった」
「そうなのか?そういうのは躾けられていると思うんだが…」
「いや…たぶん飼い主に似たんだろう」
心の中でチョッパーに謝りながら、もう一度標的に手を伸ばす。さっきとは違ってゆっくりと手を伸ばしたので、今度は標的…青い目をした白毛の猫がこちらに敵意が無いと思ったのか素直に撫でられている。そのまま飼い主との他愛も無い会話を続けながら、ゆっくり手を下に移動させ、それが座っている場所にあったもの…猫砂を一掴みし、気付かれないようにポケットに入れた。よし、ハートブレイク1任務完了だ。後は怪しまれないよう適当に話を切り上げ、立ち去るだけだ。
「そういえば…こいつに名前はあるのか?」
「いや…単に“お前”としか言ってない…参考までにあんたが基地で飼ってるのにはどんな名前を?」
「名前はカーク。黒のラブラドールレトリバーだ」
「そうか……やっぱり名前がないとな。ここを出られたら記念につけることにするか…」
そう言いながら、いつでも歩いて刑務所を出て行ける猫を羨ましそうに、撫でていた。
- 12 アフロ庚 2006/02/01 Wed 22:37:19
- 夕食時、恒例の記者会見が始まるが、今回は情報通の男がオーシアとユークの戦況という特ダネを持ってきた。こいつが刑務所という場所でどうやって情報を入手しているか見当がつかない。ともかく、そいつによるとオーシアは3日前の開戦第一波を逃れた兵力を集められるだけ結集させ、反撃を開始したらしい。海軍、空軍が先行する形でかなりの兵力がユークの裏庭、イーグリオン海峡に向かったとか……。
話がここで終われば喝采をあげていただろうが、これにはオチがあった…最低のオチだ。順調に進撃していたが、どうにもその海峡でオーシア軍はとてつもない被害を受けたらしい。“情報通”も流石に何があったかまでは知らなかったが、とにかく海と空を覆っていたほどのオーシア軍が形振り構わず逃げるほどだったとか。ウチの新米どもも間違いなくそれに参戦していただろう…ただでさせ不味い夕食がますます不味くなる。
- 13 アフロ庚 2006/02/02 Thu 22:47:47
- 10月1日15:00頃
もう一方の必要なもので最も困難が予想されていたガソリンを確保する。入手場所は二度と入らないと決めていたあのシャワー室だ。ぬるま湯を室内に汲み込んでいる給油ポンプを動かしているのはガソリンだが、さすがにガソリンを飲んで後で戻すなんて手品師みたいな芸当は出来ないので、頭と少々の運でやる。
朝食時に食器プレートを覆っていたラップを持ち帰り、午前中の外出時間の代わりにシャワー室をリクエストする。ラップを小さく折りたたんで口の中に隠し、シャワー室に入った後は、それを水筒代わりにしてガソリンを頂く。……持ち出し方?こいつも簡単だ。シャワー室へは隠し持っていたラップ以外に一つだけ持ち込めるものがある――タオルだ。房に持ち帰る時は運に頼らざるを得ないが、何も持たずにシャワー室に入った奴を誰が調べる?帰るまで前後を歩く看守がガソリンの臭いで持ち出したことに気付く危険性もあったが、そっちの心配は持ち時間ギリギリまで、ぬるま湯の代わりにポンプの前で排気ガスを浴び、その排気臭でごまかした。ますます汚れにシャワー室に行ったことになるが、オーシアに帰れば本物のシャワーが浴びれる…それを思えばどうってことないし、これで壁に穴を開けられる。
- 14 アフロ庚 2006/02/02 Thu 22:52:35
- 22:40過ぎ?
あの戦争を生き延びた仲間のほとんどが軍を辞めるか、そのまま残って昇進していき、座る場所をコックピットからオフィスに変え、敵機を戦闘機から書類と上司に変えていった中、こっちは変わらずに操舵棹を握り続けている。お陰で万年大尉などと陰口を叩かれるが、これにだって“役得”ってものがある。それは戦闘機についてあらゆることを熟知しているという点だ。ジェットエンジンの調子で本土から搬入された燃料の質を感じられ、今は海の藻屑になった愛機に搭載されていた兵装が目標に命中した際、どのような効果を及ぼすか……そしてその兵器がどのような“構成”で作られているかも知っている。
例えばロケットモーターに取って代わるまで、戦闘機でのベイルアウトは座席の下の火薬を爆発させていた。改良されているとはいえ、この火薬というのが炭素、硫黄、硝酸カリウムから成る最も基本的な爆発物ならば、これから自分が作ろうとしているのは“独創的”な爆弾ということなのだろう。
火薬以外にも硝酸アンモニウムとアルミニウム粉末、軽油の組み合わせ、赤煙硝酸とヘキサミンを反応させて出来たシクロミンに小麦粉、水という組み合わせなど色々あるが、“ミソ”は燃焼速度のある物質を一気に燃やし、爆発という現象を発生させることだ。
食堂のコックからウォードッグのパッチと等価交換で手に入れた炭酸飲料を少々飲んで量に調整し、その缶に苦労してシャワー室で手に入れたガソリンを混ぜ合わせる。一応これでも効果はあるはずなのだが、念の為に細かく砕いた猫砂を加え、粘りが出るまで攪拌し、それを外したパイプベッドの脚に流し込む。
揮発性のガソリンで目がヒリヒリした上、暗がかりで作業をしていたので数滴のガソリンがこぼれたが、まぁ……臭いは朝までに消えているだろう。
廊下の端にある監視部屋からは今日のドラマが一番の見せ場を入ったのか、やたらと機銃やら戦闘機が急降下、急旋回する音が鳴り響いている。爆薬を流し込んだ脚を元の位置に戻しながら音だけのドラマを聴いていると、どうやら主人公は6時方向からの敵機に攻撃を受けており、仲間達へ盛んに無線で「ケツに食いつかれた!」とか「ホモ野郎が離れない!」とかの悪態をついている。AWACS機のサンダーヘッドがこれを聞いたら「黙って反撃できないのか!」と嘆いていただろう。
8秒ぐらいして派手な爆発音がすると、主人公の名前を叫ぶ友人の絶叫と物悲しい音楽が流れ始めた。……おいおい、まさか主人公は落されちまったのか?こいつが部下でなくて良かったと思いながらベッドに入る。
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