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AceCombat5 -Untold StoryV-

No.104
1 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:36:35
 AC-Zero-が出る前に何とか間に合った第3弾の投稿を開始します。「指摘スレッド」で自分がした質問から、たぶん誰が主人公になるかお分かりだと思いますが…。
 今回の主人公を中心とした話を書くに当たって空母や潜水艦を調べてみたのですが、中でも艦長という立場が本当に選ばれたエリートしかなれないということに驚き、またどうして「負け続け」などと自分を評価していたのかを書いてみました。

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 他の人なら「あらゆる脅威から祖国を守る為です!」とか「自分の限界に挑戦したいからであります!」という“模範解答”を示すものだが、「なぜ海軍に?」というサンド島を取材していた記者が発した何気ない質問に、彼はこう答えた。
「テレビで流れていた陸軍、空軍、海軍の勧誘CMの中で、海軍が一番カッコよかったからさ。それにあの頃は海軍兵学校の奨学金が他のより少し多かったんだ」。
 変わった動機ではあったが、海軍兵学校に入学したその男は海戦における複雑な構造と混乱を瞬時に整理・理解する才能を掘り起こし、瞬く間に海軍の資格級を次々と突破していった。28歳の誕生日から数ヵ月後には初期のDD(X)計画における駆逐艦艦長に抜擢され、その4年後にはミサイル巡洋艦の指揮を取り、40歳になる前にはケストレルの前任艦となる空母の艦長を務めた。そして数年前、オーシア海軍の最新鋭空母ケストレルを第3艦隊の旗艦として迎える栄誉を得た。
 エリートの道を突き進んで来たような彼だったが、ときたま自身になされる評価に対し「負け戦ばかり繰り返してきただけです」と言う。彼の過去を知らない人ならば、それが飾り気のない態度から出た謙遜と捕らえたであろう。
 彼を含めた軍人達の過去で、とりわけ大きな意味をベルカ戦争――何度も世界に戦いを挑んだ国が15年前に起こした最後の大攻勢だったが、その進撃はオーシア連邦、サビン王国の連合軍の前に敗退を重ね、破竹の勢いで広がった占領地は次々と奪回されていった。だが、それでもベルカの兵士達はそんな事など瑣末な問題とでも言うように猛然と攻め、戦い続けた。
2 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:39:06
 終戦間際、穏健派が進めていた和平交渉の案が「貴様ら蛮族にくれてやるベルカの土地など無い」という返答によって、連合軍は武力による首都制圧を決定する。そして彼もその進攻作戦の一部を担うことなり、首都に残った敵戦力を挟撃する為、北方海域で空母を展開していた。
 首都への大規模な進攻作戦が開始される前に行われた陸・海・空の3軍合同のブリーフィングで手渡された報告書には「当該海域における敵勢力の影響は軽微」という自信に満ちた情報部の評価が添えられていたが、ベルカはその評価を「撃沈の危険性大」に急変するほど激しい抵抗を見せた。
 空母艦隊を攻撃してきたのは高いステルス性能と機動力を持つF22ステルス戦闘機の編隊だった。オーシアでは数ヶ月前にやっと試作段階に入ったばかりの次世代戦闘機を、ベルカの技術と工業力は実戦配備の段階にまで昇華させていた。
 進行作戦が始まる夜明け前、海面すれすれを飛び、護衛艦と艦載機の電子監視網による何重もの防壁を掻い潜って突然現れた飛行隊によって、艦隊は一方的な攻撃に晒された。イージス艦1隻と駆逐艦3隻が航行不能に、そしてミサイル巡洋艦と空母が沈没する損害を被った。
 戦闘とすら呼べない機銃とミサイルの一方的な猛攻はわずか15分程度で終わり、空母が傾斜し始める頃にはベルカの攻撃隊は一機の損失も受けることなく、悠然と現場から去っていった。
 沈んでいく空母が受けた損失以上に人的損害も多大だった。雨のように撃ち込まれたミサイルの爆風と衝撃によって飛散した風防ガラスで血まみれの当直士官、機関の点検中だったことが災いしてジェネレータに顔を押し潰された機関員、毎日1万食以上の食事を乗組員に提供していたコック達は破裂したガス管に引火した炎によって焼け死んだ。
 救難信号と退艦命令が出され、負傷者と一緒に救命艇に乗り込んだが、救助が来たのはそれから5時間も後のことだった。通常ならばミサイル護衛艦、駆逐艦、イージス艦、潜水艦からなるCVBG――空母戦闘群を成す他の艦船に救助してもらうものだったが、戦闘群の大半が被害を受けた上に空母だけでも乗員が6千名近くいた為、それだけの人数を収容可能な船が来るまで待たなければならなかった。
 2時間後――首都への進攻開始時刻となったのを腕時計で確認した彼は、自分達抜きで進行作戦は行われるのだろうか、と考えていた時、急に水平線の彼方が明るくなった。日の出にしては方角や時間がおかしく、彼は最初、救出しに来た部隊の照明かと思ったが違った。西の空に妙な形の雲が立ち上っており、周りが海だというのに低い地鳴りのような音が響いている。救命艇から彼が……ニコラス・アンダーセンが見たのは遠い空に立ち上る巨大な原子雲だった。彼はただ波間に揺れる救命艇から呆然とその光景を見ていることしか出来なかった。
 数週間後、上空から強烈な放射線を撒き散らすベルカ領内を撮影した偵察機によって7発の核弾頭が炸裂したことが判明した。進攻側に奪われまいと戦略価値ある施設や地域を焼き払う焦土作戦という言葉ではとうてい言い表せない行為に、戦勝国の政治家、軍首脳部、あらゆる人が彼らをあざ笑い、批判した。
 その後もオーシアとサビンの政治家達は長く苦しい戦争だったとか、すべての勇気ある兵士がもたらした勝利だとか口当たりのいい口上を並べていたが、その中でアンダーセンだけは“戦い”に敗北したと苦悩していた。空母が攻撃を受ける数時間前に情報船アンドロメダが傍受したあるパイロットの緊急通信をもっと真剣に検討し、艦載機を早く発進させていれば結果を変えられたのではと……。もう一方で、出撃させたところで撃墜できたか判らない、そもそも自国内に核を落として敵の進攻を阻もうなどという狂気を誰が見抜けるか、と自分の中で渦巻いている感情と何とか折り合いを見つけようとしたが、軍服を着る度、当時タカ派の大統領から戦争勝利の功労として授与された勲章が嫌な感情が思い出させていた。
 海軍を去れば何もかもスッキリするだろうと思う時も何度かあったが、気付くとあの日から15年もの時間が経っていた。だが、アンダーセンはまだ“その場所”に立っていた……遠い西の空に立ち上る不気味な形の雲が見える救命艇から彼はまだ降りられないでいた。
3 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:41:06
敵潜水艦攻撃9分前
ケストレル沈没41分前

 アークバードがオーシアの軍事的優位性…つまり空軍に注ぎ込んでいる予算と技術の多さを物語るなら、もう一方の超大国であるユークトバニアはシンファクシン潜水艦に代表されるように海軍に国力を注いでいることとなる。故に“それ”を最初に感知できたのはある意味でユークトバニア海軍の技術力の高さを物語っていた。
 苛立っている感情を隠すことなくユークトバニア海軍駆逐艦の艦長はソナー室へ入るなり、自分を呼んだソナー士官を睨み付けながら言った。
「こっちはオーシア艦隊との情報リンクの整合を取るので忙しいんだぞ!鯨の交尾と間違えましたなどという事だったら、その時は覚悟しろよ!」
 ユークトバニア海軍の旗艦を含めた艦隊がサンド島の4機によって散々な被害を受けた為、繰り上がる形で彼の駆逐艦が急遽ユークトバニアの旗艦船として指揮を執ることになったのだが、通信方法やコールサイン、無線周波数など事前の打ち合わせ無しで緊密な情報リンクを運用させるのは至難の作業で、案の定ひっきりなしに確認や承認を求める無線が飛び交っていた。
「自分もそうだと思いたいのですが……背景音の音量に若干の変化が出ています。雨が海面を叩いている音でも風浪などではありません、もう少し待って下さい」
 真後ろでますます苛立っている艦長を完全に無視する形でヘッドフォンと分析画面に集中していた若いソナー士官が数分後、再び口を開いた。
「方位052から間違いなくエンジン音です、でなければ説明できません」
 士官がキーボードを叩き、取り込まれたエンジン音がコンピュータに入力されているサンプル線と比較され、数秒が立って結果が表示された。
「艦長……捕らえたエンジン音をコンピュータがキロのものだといっています」
「キロ潜水艦だと?そんな骨董品はもう博物館にしかないと思っていたが……」
 潜水艦の中でもキロ・クラスの潜水艦ほど隠密能力に優れた潜水艦は存在しない。船体は無反響タイルで覆われており、巨大なバッテリーを使用した電動機で時速20キロ以下に潜行された場合、アクティブ・ソナーの使用を除けば探知は不可能とされていた。
潜水艦としてこれ以上ない能力を有していたが、駆逐艦の艦長がキロ潜水艦を骨董品などと揶揄したように、どこの国でも予算が次世代兵器へとせっせと注ぎ込まれる点と、潜水艦に求められる想定行動範囲が遠く・深く渡れるものとなり、600キロ程度しか航行できない旧式のディーゼルエンジンのものから何ヶ月も潜行し続けられる原子力潜水艦に代わっていっき、今では数機がドックで海水に浸っているか、分解されて使える箇所以外は他の材料にされているからだった。
「こちらのサンプルと比較してみましたが、該当無しです…」
「おいおい、憎たらしい話だが、ウチらの潜水艦はラーズグリーズの連中にやられたんだろ?ならオーシアのじゃないか?」
「……旗艦のケストレルに知らせますか?」
「あ〜…いや、それは後にしてやろう。遅刻した生徒が間に合ったと思っていても先生は見ていたってことさ」
 少し考えた後で艦長はソナー士官の肩を軽く叩きながらそう言うと、作業の続きをやりにブリッジに戻っていき、3時方向から接近する潜水艦に対しては何の報告も上がらなかった。
 同じ頃、ユークトバニアが迫る危機を見逃したミスをオーシアも犯していた。ケストレルに配備されているホークアイ早期警戒機がケストレル上空をゆっくりと飛行しながら眼下の大艦隊を見守っていた。文字通り、空母の眼となる役割をもったホークアイには3名の電子仕官と2名のパイロットが搭乗しており、機体上部に取り付けられたレドームが電子信号を傍受し、空母の周囲1000キロを監視下に置いている。
「なぁ…あれってどこ潜水艦だ?」
 双眼鏡を持っていた一人の技官にそう言われてパイロットが海面を見ると、艦隊の横っ腹を目指すように海面に白い筋が見えた。当然のことながら船など見当たらないので、その航跡は潜水艦の潜望鏡が残したものだった。
「ケストレルに配備されていた潜水艦は第2艦隊の方に回されたんだろ?なら、ユークの連中じゃないのか?」
「情けねぇな、遅刻かよ。せっかくの歴史的瞬間に立ち会えないなんてマヌケ連中だぜ」
「言えてる、それはマジで言えてるな」
 戦争が始まって以来の大規模な海戦が終わり、どこからか機内に流れ込んだ弛緩した空気の為だったのかもしれない……コクピット内でしばしユークトバニアを小バカにする冗談が飛び交ったあと、眼下の危機をそのままにホークアイは大きく旋回し、飛び去っていった。
4 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:44:19
敵潜水艦攻撃2分前
ケストレル沈没34分前

 信じがたい光景を彼はもう一度見回してみた。何年か前に軍港を取材した際に整然と並んでいる艦船を見たことがあったし、出航した駆逐艦に乗って演習を撮影したこともあったが、今見ている光景は記憶している中でも3倍近い兵力を有していた。
 ベストショットを探す暇など無かった。まるで初めてカメラを使った子供のように、その記者は手当たりしだいにシャッターを押しまくっていた。会社に帰れば上司から、もっとインパクトのある瞬間を取れなかったのかと叱責されるかもしれないが、今はそんな気分ではなかった。
 まだまだ撮り足りないくらいだったが、残り少ない予備のフィルムは艦内のクルーの姿に費やそうと飛行甲板から去ろうとしたとき、彼の目の端で何か円筒状のものが海面スレスレを飛んでいるのが見えた。見たものを理解できる前に突っ込んできたその円筒状のものがケストレルの下に潜り込んだ。誰かに警告をする暇すらなかった。暮れ始めていた空がぱっ急に明るくなり、数秒をおいて爆発音が響いた。思わず近くにあった取っ手を掴んだが、空母を揺らす衝撃に投げ出され、カメラと一緒に甲板に叩きつけられた。
 いきなり襲い掛かってきた惨事に、攻撃を受けたケストレルはおろか、オーシア・ユークトバニアの混成艦隊は麻痺状態に陥った。
「おい!何だ今のは!?」
「こちらイージス艦ドッジ・シティ、貴艦右舷に爆発を視認した。攻撃されているぞ、ケストレル!」
「……攻撃!?誰がそんなことを!?」
『艦長、ミサイル接近中!第二波弾着まで10秒!』
 CDCのオペレータから上がってきた悲鳴のような報告にアンダーセンはすぐに反応した。
「全ICWS起動!掃射!」
 アンダーセンは周りで状況が飲み込めていない副官やオペレータ達と違ってすぐに迎撃命令を出したが、それでも遅すぎるくらいだった。毎分3000発の弾丸を撒き散らす近接防御兵器の20ミリバルカン砲が1発の迎撃に成功したが、2発目までには間に合わず、更に大きな衝撃がケストレルを激しく揺さぶった。
「右舷第5隔壁付近に被弾!」
「艦長、ソナー室より入電。本艦右舷22キロ地点にてスクリュー音を感知、潜水艦です」
「潜水艦!?航空機じゃないのか?」
 念の為に副長がオペレータを通じて対空・海上の脅威に対しての戦闘配置:コンディション1Aを命じ、CDCの要員がまだ姿を現していない敵を探したが、レーダーには何も反応が無かった。攻撃してきた脅威が本当に水面下からのものだと確定した時、オペレータがユークトバニアの駆逐艦からの無線を読み上げた。
「ユーク海軍の駆逐艦チゥーダより入電。『IFFシグナルヲ確認出来ズ。該当機ハユークトバニアニ在ラズ』」
 それを聞いた副長がいきなり怒鳴った。
「ふざけるな、あいつらじゃなかったら何処の潜水艦なんだ!騙まし討ちみたい――」
「副長……憶測で物事を言うのはそこまでにするんだ」
 誰もが心の影で思っていたことをまくしたてようとした副長の意見に対してアンダーセンは静かに一喝した。確かにアンダーセンも副長と同じ考えを持ったが、すぐにその可能性を否定した。サンド島防衛戦でシンファクシを失ったユークトバニア海軍は2番艦リムファクシの護衛に所有している全ての潜水艦を当てていたが、ラーズグリーズ海峡で、あの4人がリムファクシを含めてほとんどを撃破もしくは航行不能に陥らせた。この情報部の報告が間違えで、本当にユークトバニアの潜水艦が攻撃していたとなると、今度は先ほどの海戦における相手の“内乱”の説明がつかない。そして何よりこれだけの大艦隊となった空母戦闘群に攻撃をしかけるなど狂気の沙汰である。
 形的にはケストレルが艦隊の旗艦船になっているが、データリンクがまだ確立していない上に、指揮系統はオーシアとユークトバニアの2つに分かれていたままだったので、アンダーセンはすぐに判断を出さなければならなかった。攻撃を行っているのはユークトバニアの潜水艦か、それとも本当に正体不明の敵なのか…。
しばらくの逡巡のあと、アンダーセンはユークトバニアが自分たちを欺こうとしている可能性は無いとの結論に達した。むしろ、もう一方の可能性を考えながら、彼は後ろにいた2人を見た。機密がごっそり詰まったディスクを持ってユークトバニア情報部から来たという女性士官と、自国内に核を投下する命令を拒否して祖国から15年以上も隠れ続けている男を。
 アンダーセンは納得した……軍部でも一部の者しかその存在を知らない“あの連中”が焦るあまり、表舞台に出てきたのだろう、と。先ほどの海戦でオーシアとユークが潰し合っているどさくさに紛れてケストレルを沈め、全ての秘密を消す算段だったが、両者が協力し合うなど思ってもいなかった結果に焦って秘密だけでも葬ろうとしているのかもしれない……。
5 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:47:01
「……彼らを発進させろ」
 静かに、だが断固としてアンダーセンは命じた。
「彼らって…まさかあの4人をですか?」
「そうだ、ラーズグリーズを発艦させるんだ」
 その時、対艦ミサイルをファランクスが迎撃できなかったのか、再び衝撃がビリビリと艦橋を揺さぶった。
「右舷の浸水拡大!ダメコン急げ!」
 ケストレルの脇腹が切り裂かれる状況下でアンダーセンは再び4人を空に上げることを命じたが、クルーはさすがに困惑を隠せなかった。
「艦長、駄目です!傾斜角度が大きく、カタパルトによる射出が行えません。それよりもこのままでは艦が……」
 オペレータの言うとおり、立て続けに受けた右舷への集中攻撃によって生じた浸水で、床に固定されているものを掴んでいないと、立っているのが困難なほど空母が急速に傾斜し始めていた。
 いつか過去の誤りと対決しなければならないことをアンダーセンはずっと恐れていた。首都への侵攻作戦が始まる数時間前、アンドロメダが傍受した戦術核使用の危険ありと知らせてきたあるパイロットの無線を無視したと同じような誤りに。耳元で過去の自分が“総員退艦”という言葉を何度も囁いていたが、アンダーセンはそれを無視してマイクのスイッチを切り替えると、通信先を注排水を管理している指揮所に繋いだ。
「注排水指揮所、こちらは艦長、浸水状況を報告」
「艦長、被弾・浸水した右舷の第5から第8水密区画の隔壁閉鎖は完了、排水ポンプをフル稼働させてますが、ギリギリです!これ以上被弾すればケストレルの限界浮力を超えます!」
 マイクを握っていたアンダーセンは深呼吸をし、命令を伝えた。
「左舷の注水弁を開け、本艦の傾斜角度を水平に戻すんだ」
 さすがにこの命令には注排水指揮所の要員はおろか、ブリッジにいた全員が耳を疑った。少なくてもここで水密区画を閉鎖し、回避行動を取れば艦は航行不能に陥るだけかもしれないが、要員がこれ以上は限界と言っている中で、自らの腹に穴をあけて海水を取り入れれば文字通り沈没することになる。
「艦長!それでは本当にケストレルが沈んでしまいます!」
 思わず近くにいた副官がマイクを乱暴にむしり取りながら、声を荒げた。この状況下では誰もが自分の決断を疑うのは当然のことだった。今にも飛びつかんばかりに激昂している副官の目を見ると、彼の大きく見開かれた目にはドス黒い恐怖の色があった。
「戦争は……この憎しみばかりの戦争は15年前からずっと続いている。ベルカという国が無くなり、誰もが戦いが終わっと安堵していたが、気付かないところでずっと砲火は続いていたのだ。あの4人ならば本当にこの惨めな戦争を終わらせることが出来るだろう……その為なら私はオーシア海軍第3艦隊の艦長として喜んでケストレルを平和の礎にする覚悟だ」
 言えた。こんな状況下では老人の言葉など誰も聞いていないだろうが、アンダーセンはハッキリと言いたい事を言った。恐らくこの後、副官が作戦遂行能力の欠如の理由で自分を拘束するかと思ったが、アンダーセンの言葉を聴いた副官は顔を伏せ、しばらく床に落ちていた自分の帽子を見ていた。それを拾い、しっかり被り直した。
「アイ、艦長!あのエース達を何が何でも打ち出してやりましょう!」
 そう言うと、副長はマイクに向かって命令を実行するよう再度、注排水指揮所の要員に命令を伝えた。艦長と副官の両名からの命令ということから要員からは疑う反応や反発の気配な無く、一言だけ「本艦の水平作業、了解」とだけあった。
 持ち場から腰を浮かせていた数名のオペレータも席にも戻り、最後になるかもしれない発艦だけはまっとうしようとコンソール画面の操作に戻っていくのを見て、アンダーセンはゆっくりだったが、ブリッジから黒い染みを残しながら“何か”が出て行くのを感じていた。
6 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:48:58
 戦火の真っ最中、そして前代未聞の沈没している空母からの発艦作業に飛行甲板では全発艦要員が慌しく動いていた。既に3機を何とか無事に空に上げることに成功し、残り一機となった艦載機が轟音をあげるエレベータに乗って甲板下の格納庫からせり上がって来た。発艦要員が配置に着き、戦闘機のエンジンが爆音を上げ始めた。
 通常ならば5分はかかる離陸前の点検が緊急事態ということと、格納庫にいる整備員の腕を信じることにより1分で済まされた。アイランドの信号が赤から黄色に変わり、戦闘機のコックピット下部の前脚近くにしゃがんでいた甲板員が手信号でパイロットに定位置まで前進するように指示し、接続されたカタパルトのシャトル部分と前脚の射出バーの具合を確認していた。
 ランプが黄色から青に変わった。戦闘機の後ろでせり上がった排気デフレクターが固定位置についているかを確認したカタパルト士官は、右手で乗っていたパイロットを指差し、次いで左手を掲げて2本指を示した。すでに爆音となっているエンジン音で聞こえないだろうが、彼はいつもの手順通り「エンジン出力全開!」と怒鳴った。それから手の平を向け「アフターバーナー点火!」と怒鳴った。
 態勢を持ち直しつつあったユークトバニアの艦隊が敵潜水艦の捜索・迎撃に当たっているが、まだ敵潜水艦の位置を掴めておらず、飛来してきたミサイルを船首と船尾の近接防御兵器が打ち落とそうと唸り声を上げながら弾丸を撒き散らしており、一秒でも早く離陸したい状況だったが、そのパイロットは甲板要員に敬礼をし、射出時の衝撃に備えて全身に力を込めた。
 カタパルト要員はコックピットに見ながら「やっぱりウチの空母に配備されたパイロットだけはあるぜ」と感嘆しながら、方膝をついた姿勢ながらもきちんと返礼した後、左手の二本指で甲板に触れた。戦闘機近くの狭苦しい持ち場でこの発艦合図を確認した別のカタパルト士官は射出ボタンを押し、蒸気圧力で打ち出されたシャトルによって戦闘機が甲板を疾走しはじめた。空母のクルー全員が見守る中、わずか2秒で250キロを超える速度に達した戦闘機は優雅に空母から飛び立ち、左に少し旋回しながら離れていった。
「ケストレルよりソーズマン、発艦を無事確認、経路262へ」
「こちらソーズマン……いや、ラーズグリーズ4、了解。そしてありがとう」

 船体そのものが頑丈な2重構造だったことと、艦内の喫水下区画が精巧な密封構造という軍艦の中でも最高の生存能力を誇る空母だったことから、乗組員全員が救命艇に乗り移るまでケストレルは持ちこたえ続けた。潜水艦による攻撃で受けた人的被害は爆発の衝撃で隔壁に叩きつけられた際の打撲や骨折などばかりで、幸いなことに死者は一人も出なかった。
「ちくしょう……俺達の空母が……。ちゃんと警戒していれば勝てる相手だったのに……」
 沈没時の海流に巻き込まれないよう、ケストレルから離れていく時、一緒に乗船したクルーの一人が悔しそうに呟いたのが聞こえた。アンダーセンはこの戦いも自分は負けたのだろうか?と思った。激しい水しぶきを上げながら何年も自分が指揮を執ってきた艦橋が横倒しになり、その姿はまるで銛を何本も打ち込まれて浜辺に打ち上げられた鯨のような哀れさがあったが、それとは別に何か奇妙な気分も感じていた。あの日と同じように救命艇に揺られ、眼前で自分が乗っていた空母が沈みはじめているのに、何かとても誇れるものが胸の内にあるような気分だった。そして誰に言うとでもなく言った。
「負け続けの私だが…今度は私の勝ちだ」
「え?」
「見たまえ…彼らは無事に飛び立った。それが私の勝利だ。彼らが空中にある限り私の負けはない。そして彼らならやってのけるだろう」
 今では彼方に飛び去ってしまい、遠雷のような残音しか残っていない戦闘機のジェット音を懐かしむようにアンダーセンは鼻歌を歌いだした。
7 アフロ庚 2006/03/21 Tue 23:49:47
 その昔、世の中に失望し自殺したある詩人が著書の中で『憶えていたい事を憶えていられず、忘れたいことを忘れられない』という言葉を残していた。その言葉の通り、誰にでも忘れたい光景というものがある。ある空軍少尉は沈む艦船から命からがら脱出したのに、撃墜された敵機によって海面に流出していたオイルに引火し、味方兵士が次々と炎に飲まれていく光景を一生忘れられないと言い、別の空軍大尉は自分を庇った為に被弾し、海に落ちていく隊長機の姿が忘れられないと言った。
 救命艇で鼻歌を歌いだした空母ケストレルの艦長、ニコラス・アンダーセンにも忘れられない光景……西の空に昇る原子雲という忌まわしい光景があったが、この日もう一つの忘れられない光景が加わった。沈み行く空母から飛び立った4機の戦闘機――自分の勝利を約束する忘れられない光景だった。
8 アフロ庚 2006/03/22 Wed 00:08:53
…あとがき…

 3作目となるAC05の二次小説を最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。今回はAC05の最後でおいしいところを担当したアンダーセン艦長を主人公に書きましたが、いい味を持ったキャラクターなのに登場回数がペロー大佐より少なく、どのように話を広げるか楽しく悩まさせていただきましたw。
 またMission27で「カタパルトがいかれても構うもんか」という台詞がありましたが、カタパルトがいかれたら飛ばせません(爆。そんなワケで主人公達を飛ばす為に空母のクルーが何をしていたのか、主人公以外にも戦っていた人達がいたことを描きたく、今作を作りました。前回と比べると短いないようですが、楽しんでいただければ幸いです。
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